• 軍艦島でのプライバシー尊重の話

    未熟児とか貴重児とか続き
    確かにmaikaさまのご指摘のように、未熟児で生まれること自体が何らかの罪とされる謂われはない。全く恥ずべきことではない。それは全くその通りであって、私自身、研修医の時に指導医に指摘されるまで、お母さんが保育器の前で赤ちゃんに対して申し訳ないと泣くという心情は全く想像の埒外だったのである。指導医が言った「お母さんは『みんな』」というときの『みんな』という表現は些か誇張したものだったのかもしれない。その一方で、人の気持ちは歳月を通じて一定不変という訳でもないのだし、相当数以上のお母さんが、時期は異なり持続時間もまた多様であろうけれど、そういう心情になるのだとしたら、この指導医の言葉はそれなりに正鵠を射たものかもしれない。
    しかしその一方で、突然に我が子が未熟児であったことを見知らぬ他人に指摘されて傷ついておられるお母さんの心情を、根拠のない悲嘆だと一笑に付すつもりにもなれないのである(Maikaさんもこのお母さんを愚かもの扱いする意図は全くないと思う)。一笑に付すどころか、私はこのお母さんの悲しみや当惑は全く正当なものだったと思う。
    長崎県には昔炭坑で栄え今は閉山して寂れた島が幾つかある。中でも端島は閉山後は無人島となった。その島でのことを、中学生のとき社会科の授業で習った。
    端島、別名「軍艦島」がまだ栄えていた頃、小さな島の上にびっしりと高層住宅が建ち並んでいた。各戸に冷房のあるような時代ではなかった。長崎の夏の暑さは半端ではない。軍艦島の高層住宅では、夏は夜どおし扉や窓を開け放して、風を通す習慣になっていたと習った。窓やカーテンを閉める家が増えれば増えるほどに、高層住宅自体が風を遮る巨大な衝立と化す。皆が涼しく過ごすために、風を遮らないのが暗黙の了解だった。
    隣の建物が窓を閉めるだけで風通しが悪くなるほどに高層住宅が密集しているのである。窓を開けていれば向かいの家で何をしているかが丸わかりに見える。見えているが、お互いに見えないことにしていたという。見なかったことにして何も言わないというのも、狭い島に大勢が暮らすための暗黙の了解であった。
    家庭内では隣近所に見せたくない種々の事件がある。端的に言って、炭鉱労働者が夏のあいだ性欲を抑えて我慢していたわけでもあるまい。当然の如く性生活はあったろうが、それすら見えていたかも知れない。中学の社会科ではそこまでは講義されなかったが。
    先の保健所の糞婆の勝ち誇った「未熟児だったのね」云々の台詞は、程度の差はあれ、言ってみれば炭坑住宅の街角で向かいの奥さんを呼び止めて「昨夜はお盛んだったわね。夫婦仲もよろしいようね」と言い放つことに共通した無神経さだったのではないかと思う。夫婦仲が良いことを罪とする謂われは一切無いけれど、他人に面と向かって言われて快いかどうかはまた別問題である。
    たぶん中学の「公民」でプライバシー云々の授業の際に話された事ではなかったかと思うが、話がよく脱線する先生だったから真相は定かではない。先生が若かりし頃に軍艦島の中学校に赴任したときの経験談として話されたと記憶しているが(だから文献的裏付けと言われても困る)、当時先生が為された脚色と、20年経つうちに私の記憶の中で為された脚色と、色々変更点はあるだろうから当時の軍艦島の高層住宅配置の実際は云々という議論はせず寓話的なものとご解釈ください。
    そういう観点もあるのではないかと、maikaさまのコメントを拝読して思いました。

  • 古いiMacを貰った

    しょっちゅう熱暴走するのでNICUをお払い箱になったiMacボンダイブルーを引き取った。もともと病院予算とは別枠の医局費とやらで買ったものだから、病院備品を私するという問題はなかろうと思う。医局の自席で稼働させてみている。ホビーユースに使える程度に落ち着いて動き続けてくれるなら、自宅に持ち帰って玩具にでもしようかと思っている。よいスピーカーがついているらしいので(静謐を重んじるNICUでは宝の持ち腐れだったが)CDプレーヤーくらいには使えるかもしれない。
    NICUの高温多湿の環境は冷却ファンのついてない機械には辛かったのかも知れない。医局では滅多に暴走はしない。ただ再起動が上手くいかなかったりスリープから復活できなかったりしてシステムダウンする現象は再現される。電源回りなど根源的な部品のどこかに怪しい箇所があるらしい。
    個人情報保護法の施行後でもあり、一度でも入院患児データベースなんて扱った機体を無碍に捨てて誰かにデータ復旧でもされたら危ない。廃棄するなら復旧不可能なくらい完全に壊してから廃棄しなければならない。誤動作には散々泣かされたにせよそれなりに愛着はある機械なので寿命が来る前にそういう廃棄のしかたをするのは心情的に辛い。葬るまでしばらくは手元で養老生活をさせようと思う。

  • 「海辺のカフカ」と掃除好きな息子

    4月3日
    終日OFFである。当直・自宅待機・オフ・当直と続くシリーズのオフがちょうど日曜に当たった。時間内勤務の出勤義務がないのでお休み。
    妻も私も積ん読本をため込んでいる。お互いに本に関する出費には口を出さないという不文律みたいなものがある。
    ちなみに互いの出費を云々言い始めたら、価格も高く当たり外れも大きい医学書を買い込まねばならぬ私のほうが圧倒的に不利である。
    互いがため込んだ積ん読本をいつの間にか相方が読んでいると言うこともよくある。今回は妻が買い込んでいた「海辺のカフカ」を一日かけて読んだ。新刊で発売された当初に妻が買い込んでいたらしいけど、巷に溢れた広告や書評やがなかば強引に目に入るうち、何だか辟易してきて、夫婦とも手を付けぬまま本棚に突っ込んで保留扱いになっていた。
    15歳の少年がこれほど賢いものだろうかとは思う。少なくとも私はもっと混沌としていた。15歳の頃何をしていたかほとんど憶えていない。たとえ小説であっても、同世代の少年がこんな風に賢くあることができるというモデルを提示されていたらどうだっただろうかと思う。当時の自分や自分の回りの少年たちが馬鹿ばかりだったという訳じゃない。私は混沌とした馬鹿にすぎなかったが、回りのみんなは全国ブランドの果物を産する農家の息子たちばかりで、実直でタフで世間知に溢れていた。親たちは子が勉強しすぎて跡を継がなくなることを懸念していた。家に畑が無くて勉強はちょっと出来て体力はまるで無くてという私が、当時の混沌を抜け出すためには、こんな小説を読むのも良かったんじゃないかと思う。
    うちの書庫には本棚と猫の便所とキャットタワーや猫布団が置いてあって、普段は人よりも猫の居場所になっている。にゃん太郎はキャットタワーよりも本棚の上のほうがすきなようだが。最近は春めいてきて床暖房のない書庫でも快適に過ごせる。床に座り込んで「海辺のカフカ」を読んでいると息子がやってくる。例によって掃除を始める。床に散らばった本を本棚に入れ、猫布団をちゃぶ台の上にぽんぽんと積み重ねて、床に掃除機をかける。キャットタワーにこびりついた猫の毛や綿ぼこりは粘着ローラーを転がして取り除く。割と手際は良いのだが、床の隅の埃を吸えていないので、掃除機のノズルを尖ったものに付け替えることを教えてみる。吸い具合がよくて理解できた模様である。自閉症児が視覚的に掃除の効果を理解できるほどに埃を積もらせるなよとも自嘲する。
    この子は(世間の抱く「自閉症」のイメージに反して)「独りで居る」ことが耐えられない人なので、片づかない部屋も自分一人で入って片づけようとまではしない。誰かが居ると嬉々としてやってきて掃除を始める。小説中に出てくる「ナカタさん」の姿が息子にダブる。ナカタさんは自閉症ではないけれど、息子のモデルをこの小説に求めるならナカタさんかなあと思う。こんなふうに日常生活も職業も自立していけてたらいいなと。

  • 未熟児とか貴重児とか

    幻 想 の 断 片に言及して頂いたので。
    研修医の時、はじめてNICUに配属になったとき、指導の先生に言われたのが、
    「出生後はじめての面会ではお母さんはみんな泣くんだわ。『こんな風に産んで御免ね』といってな。」ということだった。むろんお母さんに客観的に責められる謂われなんてないし指導医もお母さんのせいだなんて言ってはいない。お母さんがそういう心境になると言う事実を知っておけという主旨の指導であった。
    その後多くのお母さんに接してみると、実際には皆が皆保育器の前で泣いてはおられない様子である。しかし顔で笑って云々ということもある。面会の時には、お母さんが極めて傷つきやすい状況にあるということは念頭に置くよう努めている。ときに忘れてしまうのが至らぬところで、お母さんが面会に来られる時分には出産直後の重篤な状況をほぼ乗り切っていることが多くて、その安堵感からついつい大したことがないとでも言うかのような気合いの抜けた対応をしてしまって後で臍を噛むのだが。
    分娩直後でお父さんが単独でのご面会の時には、お父さんの初めての仕事として、まずは「よくやった」とお母さんに仰って下さいと申し上げることもある。次の仕事は夫婦で名前を考えること、そして書類仕事にあちこち走ってもらうこと。
    前述したお母さんはどういう言われ方をしても、突然にまた必要もないのに我が子がもと未熟児であったということを想起させられたら、「未熟児」という言葉でなくても「小さかったのね」でもその他どのような表現でも傷ついておられたと思う。保健所にとって幸運であったのは、このお母さんがそれなりの社会的地位を持っておられる方だったのに本気の反撃に出られなかったと言うことだ。保健所長の首と肩の連絡はこの瞬間きわめて危うい状況に置かれていたのである。いや、真面目な話ですよ。
    Mari先生御言及の「貴重児」これはもうこの言葉を発する人間の倫理観を真面目に疑う単語である。Mari先生仰るように、貴重でない子どもが居るんかいと思う。そういう言葉を口に出せる程度の知性感性の紹介元だと、妊娠分娩管理もさぞや粗雑なんだろうなと勘ぐってしまう。
    知性感性云々と言えばMari先生へのコメントには無礼な書き込みをしてしまった。直截な指摘のほうがダメージが少ないかなと思った・・・というのは言い訳に過ぎないが。申し訳ないことです。結局は誤解だったし(実は最初のうちはどういうセンスしてるんだろうこの人はと思っていた)。
    はてなのブログサービスにはコメントを後で削除したり編集したりする機能がないのかな。私の立場ではいったん書き込んだものは修正不能である。でも修正できないってことを念頭に置いて油断のない言動をとるようにと言われたらぐうの音も出ません。返す返すもあれは平謝りです。申し訳ないことでした。

  • ミドリ電化をよろしく

    医師国家試験の最大の盲点は試験のヤマが外れた云々のことではなかった。試験に受かった後、さらに数万円の登録料が必要だと言うことだった。そんな金のことは聞いてなかった。医学部教育は文部省(当時)の仕事だけど国家試験以降は厚生省(当時)の役割だからね。文部省の所管である医学部で何で厚生省のお仕事の広報をやらねばならんってところだったのだろう。
    本屋の店員をやって貯めていたお金は使い切っていた。田舎の両親のスネは最大限まで囓りきっていた。せびれば無理して工面してくれたのだろうが、なんとなく気が引けた。結局のところ試験が終わったら当面は何もすることがないのだし、アルバイトで稼ぐことにした。今から思えば本屋に復帰すれば話も早かったのに、何となく新しいバイト先を探してしまった。見つけたのがミドリ電化の店員。電器屋ってのも悪くないと思った。発表前日まで勤めた。試験に受かるとは思ってたけど、結果を聞かれるのは何となく厭だなと思った。登録に必要なお金はちょうどそれくらいで工面できそうだったし。でも今から思えば菓子折の一つも持ってお礼に行くのが礼儀だったかも知れない。
    おかげさまで無事登録も出来ました。ミドリ電化を皆様よろしく。私を医者にしたのが世の中にとって良かったのか悪かったのかの評価は人それぞれだろうけれども、国立大学の医学部教育を6年間施した人間が医師免許登録料が払えなくて医者になれませんでしたってのも馬鹿馬鹿しいよね。

  • 6連日では終わらなかった

    6連日の拘束がようやく明けたとおもったら、4月の当直表をみると1日からいきなり当直であった。明けて2日は自宅待機。なんと中一日しか空かなかった。ラガービール一本飲んでリフレッシュできたので、中一日でも空いただけ良かったけれど。
    今月の当直は7回。自宅待機が7回。週40時間の勤務は勤務でちゃんと勤務しているのだから、病院に命じられるだけでも単純計算で一月24時間×30日間の半分以上の時間を病院か自宅に拘束されることになる。むろん重症の受け持ちになったら時間外勤務がその上に積み重なっていく。
    でも今は大学からの応援があって本当に楽だ。大学から外来の応援に来て頂くと、NICU当直の仕事に専念できるし、当直仕事が無いときには休んでいられるしで、業務の負担が軽くなる。加えて、難しい症例を抱えているときに相談がしやすくて良い。昨日は循環器の専門の先生が応援に来て下さったのでNICUに入院中の心臓病の子について相談に乗って頂いた。大学のNICUにはこういう人が日常的に来て下さってるのだろうと思うと羨ましい。大学に勉強に行けば良いのだろうけれども、たとえ自転車で片道10分の位置にあるとはいえ、月半分を病院回りに拘束されていると大学が遙か遠くにあるように思えてくる。
    看護師たちもけっこう大変である。
    4月のはじめで院内の人事異動があった。産科病棟の助産師が大量に退職したため、NICU勤務の看護師で助産師の資格を持っている人が2名引き抜かれた。NICU看護を希望して当院にお出でになり、いよいよ新生児看護にも熟達して病棟の主力となろうという面々であった。大変に迷惑な人事である。
    主力級が抜けると夜勤が出来る人数が減る。人数が減ると一人頭の夜勤回数が増え、体力のない面々から順々に脱落して行く。病棟の層が薄くなり、引き受けられる赤ちゃんの重症度が限定される。軽症入院を少人数しかとれないと当然収益が減り、スタッフの定数が削られて行く。やれやれ。
    関東軍からベテラン兵を南方戦線へ出したときもこんなふうだったのだろうか。産科はもう少しスタッフを大事にして欲しいと思う。卒後一年目の助産師が全員辞めたってのはやっぱり何か問題があると思う。そうやって潰された助産師の人生に対してどう責任を取るつもりで居るのだろうと思う。日本軍みたいに死は鴻毛よりも軽いと思えと言い放ってしまうような労務管理はあんまりだと思う。
    内科医の数も足りないままだ。いよいよ私も内科へ変われと言われるかも知れないなと、春になるたび思う。助産師の免許持ってるだけで希望の配置から転属させられるような病院では、あるいは私も子ども習字の初段だからと、看板や壁新聞でも書いておれとばかりに営繕勤務を命じられるかも知れない。営繕もそれはそれ楽しいかも知れないが、給料がかなり減るだろうってのは厭だな。

  • 研修とか何とか

    Mari先生が怒っておられるけど、たぶんこういう事なんだと思う。
    もうすぐ3年目(4年目だったか?)を預かることになるので読み返してみた。
    ハッカーになろう Eric S. Raymond/山形浩生訳
    病棟より他に遊びに行くところがあるようじゃだめです。教えられる方も、教える方も。・・・なんて嘯いてみたりして。

  • 保健所にいたクソ婆ぁ

    妻がネットの掲示板で、他人に赤ちゃんが大きいと言われたり小さいと言われたりで落ち込んだ話を読んでいた。
    それで思い出したのだが、NICUを無事に退院してフォローアップ中の子が何かの用事で保健所に行った折、保健所にいた見知らぬ女性から「あら未熟児だったのね」云々のことを突然言われたとのこと。養育医療の書類始末なんかの業務の話ではなくて、単に通りすがりの人から突然に、子どもさんの顔を見るなり言われたらしい。
    しっかりしたお母さんなのだが、「そんなに一目で分かるのでしょうか」と落ち込んでおられた。
    全く何のつもりでこのクソ婆は他人様の大事な子どもにそういう不用意なことを言ったのかね。自分が経験豊かであるとアピールしたかったのかね。子どもが未熟児であると言い当てられた母親が「よくぞ見抜いて下さいました。仰るとおりで御座います。ご慧眼に心服致します」とでも言うと思ったのかね。
    思い出して怒りが湧く。フラッシュバックというのはこういうことをいうのだろうか。

  • ようやく6日目

    25日金曜から始まった、当直・自宅待機・日当直・自宅待機・当直・自宅待機の6日間拘束が今日で終わる。自宅待機といっても、日中は出勤している。夜の自宅待機である。
    6日間はけっこう長かった。でも当然のごとく酒を断ち早寝をするからかえって体にはいいかもしれない。自宅待機の日に実際に呼ばれることが無かったというのもよかった。中一日を徹夜で過ごしたら三連の当直と変わりない。
    金曜と火曜の当直では外来のカバーに大学から来てくれていたのも良かった。準夜に休めると楽である。NICU当直が準夜には休んでいられる程度に、NICUも落ち着いていたのである。今後は常勤医の準夜勤務をぜひ実現したいものである。

    (さらに…)

  • 忙しくなった

    しばらく閑を託っていたら急にNICUが忙しくなった。一日2件の新生児搬送なんて実に久しぶりである。
    それでもレイオフよりは余程マシだからみんな愚痴は言わない。閑も数日間なら休養になるし勉強も出来るしで良い点もあるが、私立病院のNICUでNICU加算請求の対象が定数を割ってくると途端に赤字である。あまり赤字を無視して呑気そうにしているのも気が引ける。
    私はこんな時に当直・自宅待機の繰り返しで24時間×6日の拘束。結婚式で九州へ行った折に3日間のオフを頂いたので(ったって通常の土曜・日曜・祝日に当直や待機を外して貰っただけだが)そのしわ寄せが来ている。
    今日は日曜の日当直。日曜祝日は大学からの応援もないから外来も自分でやらなければならない。病院の売店は休みだし給食もなんとなく粗食だしで色々と辛い。病院周辺はあんまり高級住宅地でコンビニの一軒も無し。