NHKの朝のニュースでアクトヒブ本日発売と報じられていた。今夏発売のはずだったがずいぶん待たされた感がある。しばらくは発売後調査とか何とかで全例の報告をあげねばならず手間ではあるが、しかしやりがいのある仕事だと思うからがんばって接種するつもり。望むらくは定期接種化を。医者の目からすると費用対効果としてはリーズナブルあるいはお得でさえあるお値段だと思うのですが、必ずしも親御さんが全額負担しなければならないという必然性はない。社会全体で負担するべきだと思う。
ニュースにはこのワクチンの導入推進の運動をなさっている親御さんが登場した。お気の毒にHib感染でお子さんを亡くされたのかなと思ったら、すっかり治って健やかに育っておられるお子さんも登場した。我が子が治ってしまったら喉元過ぎれば熱さは忘れるとばかりに日常生活に戻られるのが当たり前だと思っていたので、こういう偉い親御さんもあるのかと感動した。純粋な尊敬に値する親御さんであると思った。
昔はこういうワクチンのお話がテレビに出るときには、テレビ局でも両論併記の体裁をとる必要があったのか、必ずワクチン反対派の人らを登場させてなにか言わせてたものだが、最近はあんまり見なくなった。麻疹の流行が社会問題になった頃からだったっけか。もうちょっと前からだったか。
投稿者: yamakaw
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アクトヒブ発売のニュース
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文部科学省がNICUをつくる
文部科学省がNICUのない8つの国立大学にNICUをつくるとのこと。突拍子もないことを言い出すものだと驚いた。ノーベル賞の南部博士を招聘して科学忍者隊を結成することにしたくらい言われたらもっと驚いたかも知れないけど。
科学忍者隊なら5人で済むけど、NICUを回すのにリーズナブルに行くなら一カ所5人じゃ済まないんだよね。まさか今さら当直と超過勤務で回そうとか言わないよね。ギャラクターなみに構成員あつめないと苦しいんだけど、各大学に人は集まるんだろうか。一般小児病棟とはまた別に当直をたてなければならないし、医師の数だけでもそうとう必要なんだけれどもね。
いろいろしんどいことはあっても、なにさまNICUは小児科でももっとも儲かる部門なんだから、今までその土地の大学病院にNICUがなかったってのはなかったなりの理由とか事情があるものなんだろうと思う。マンパワーが足りなくて小児科一般病棟の当直とは別にNICU当直を立てるのさえしんどいというのがかなり有力な「理由とか事情」のひとつだろう。そういう大学病院にかわって新生児に高度医療を提供してきた一般病院が、それぞれの土地にあるんだろうと思う。そういう病院は厚生労働省管轄ではあるけどね。
そういう土地の大学病院で、上から言われたからと急遽NICUを作ろうとしたときに、いちばん懸念されるのは、限られたマンパワーを大学病院にふりむけようとした結果として、それまで地域で頑張ってきた一般のNICUからむりやり新生児科医が引きはがされるようなことにならないかということなんですが。実績も経験もあるような施設が潰されて、頭まっ白な施設が一から出直しなんてことになったら、地域の新生児医療は沈没しますよ。霞ヶ関ではそういうことはきちんと考慮されているのかな。
限られたリソースを可能な限り有効利用しようという精神があるのなら、このように画一的に大学病院にNICUを作るという方法論を先に立てるのではなく、各々の土地での需要とリソースの状況に応じた柔軟性のある対応がなされるべきじゃなかろうかと思う。集約化の必要が叫ばれる現在、たいていの土地での最適解とは、現時点でその土地の新生児医療の中心になっている施設(おそらくは現時点で既に総合周産期母子医療センターになっているはず)に予算を突っ込んでさらに拡充するというものではないだろうか。現時点でまだNICUをもってない大学病院にNICUを新設するというのが答えになる地域もけっしてあり得ないとは言えないが、しかし、それが最適解となる地域はそうそう多くないと思う。すくなくとも、それが最適解ですと現場の新生児科医が答える地域はかなり少ないんじゃないかと思う。その柔軟性がもてないのは、ようするに、厚生労働省管轄の病院群と協調するのは嫌だってことなんだろうけれども、この期に及んでそういう縦割りの縄張り根性で現場を掻き回してくれるなよと切に願う。
たとえば長崎大学病院にはNICUが無かったってのも今回知ってかなり驚いたんだけど、でも離島を抱えた長崎県では航空機が使える大村に総合周産期母子医療センターを置く従来の編成のほうが賢いのではないか。長崎大学病院NICU設立の陰で大村医療センターのNICUが潰れたらばかばかしいと思う。まあ、故郷に新生児科医のポストが増えたら万が一都落ちする羽目になっても糊口をしのぐあてがあっていいかなとちょこっとは思わないでもなかったけど。
なにさま、今回のニュースを聞いてまず連想したのは、旧陸軍が海軍に愛想を尽かして自分で潜水艦とか空母とか作ってみたという故事なんだけれども。こういうメンタリティで旧陸軍も潜水艦の建造に着手したんだろうかねと思いましてね。本で読んで旧軍ってバカだよなと笑ってたんだけど、我が身に近いところで見せつけられると笑いが凍って背筋が寒くなる。崩壊しかかった戦線をなんとか立て直そうとする必死さはわかるが、その必死さの向かう方向が微妙にずれてて滑稽ですらある。滑稽っても他人ごとならすなおに笑えるんですがね。大学病院にもすでにNICUを立派に運用しているところが数多くあるんだから、さすがに個々の施設が旧陸軍の潜水艦同然とは言えないかもしれんが、しかしNICU医療に手を出そうとしている文部科学省は潜水艦や空母を運用しようとした陸軍と精神的にあんまり変わらないんじゃないかな。NICUも潜水艦も単体で造るだけ造ったってそれほどの戦果にはならんのではないかね。それなりの人を乗せて艦隊に組み込んで組織的に運用せんと。もうちょっと歴史を反省して、海軍とよく相談して限りある資源を軍全体で効率よく配分しようというつもりにはなれなかったのだろうか。それとも今回は海軍のほうでも陸軍の潜水艦配備を要望したんだろうか。 -
自転車が届いた
8日にようやく自転車が届いたと知らせがあった。10日の当直明けの午後に受け取りにいってきた。9月11日に注文したからちょうど3ヶ月待ったことになる。まだ金融危機が顕在化する以前のことだったのでずいぶん遠い昔のような気もする。
前照灯と後尾灯をつけてもらった。荷台や泥よけはつけなかったがスタンドはつけた。ほどよく硬派なクロスバイクに仕立て上がった。いや硬派という形容がクロスバイクに当てはまるのかどうかは分りませんがね。硬派な自転車乗りを目指すならロードバイクかマウンテンバイクを買うものかもしれません。むろんマウンテンならスリックタイヤに履き替えるのは堕落というものでしょう。
乗って走り出してみたら異様にスピードが上がるので、怖くなって店に戻ってヘルメットを買った。数分前に意気揚々と出て行った客が血相を変えて戻ってきたので店員さんも緊張していたが、事情を聞いて苦笑いしていた。
買いたての自転車でうれしくて一乗寺界隈を走り回るうち日が暮れた。残念だが帰らねばと思った。そして、ふと、俺は日が暮れてもう遊べない残念だと思ったのは生まれて初めてではなかろうかと気がついた。齢40になっていまさらガキ大将みたいなことを言ってますが、家の中で本を読んでばかりいたし。なるほど世間の皆様はこういう少年時代を送って大人になられたのか。自分のミッシング・ピースをひとつ発見したような思いがした。 -
尊厳とか輝きとか
6日土曜の午後、大阪で開催された日本小児科学会の倫理委員会公開フォーラム「子どものいのちの輝きを支えるために ー重度障害をもった子どもの人権と尊厳をどのように守るかー 」という催しに参加してきた。午前の外来を終えてNICUを一回りしてから京阪で大阪へ出たので拝聴できたのは後半だけだったが、それでも、さいきん薄れかけたモチベーションを持ち直すのにはよい機会だった。
重症児の医療の歴史は、まったく医療の対象とすらされなかったという先史時代を経て、何が何でも救命延命するという黎明期があり、それはちょっと非人間的にすぎないかというアンチテーゼが公に語られるようになった革命の時代を経て、今に至るというのが私の理解である。
このアンチテーゼ、もう気管内挿管とか人工呼吸とかでやれる治療行為をすべて行って延命一辺倒の生涯を送らせるのではなく、治療行為の内容を選択してでも(その結果として計測される生涯時間は短くなったとしても)他にもっと充実した人生の送り方があるんじゃないかというものだが、このアンチテーゼを、それまでの禁を破って語り始めた世代の人たちが、いまぼちぼちと臨床の実務をリタイアして、仕事の総括がてら後進にものを語る年齢になっている。
この人たちが働き盛りだった時代の最先端の技術が人工呼吸だったらしくて、彼らは重大な選択の岐路の象徴として人工呼吸の開始をやり玉に挙げることが習慣になっている。いったん人工呼吸を開始したら中止するという選択肢はないというのに、生涯を病院の一室で人工呼吸をしたまま長生きするのが人生か?と。
しかしこの「人工呼吸をしない」という選択に対する強烈なカウンターとして、「人工呼吸をしたまま家に帰る」という選択をした患者さんとご家族がある。そういうご家族が、登壇した革命期の医師に対して、先生のご意見は人工呼吸にたいしてひどく否定的ではないかと質問がなされた。
そんなことはない、といういささか型どおりの回答に続いて(言葉よりもその口調のほうが真意を語るかのような回答ぶりではあった)、自分は長年にわたって重症児の医療にたずさわってきたし多くの親御さんにも接してきたから、皆様がよく頑張っておられることもよくよく存じております、という意味のことを彼女は言った。そしてその上から目線の物言いが当然に惹起する結果として、会場の反発を買った。いやそんな、なんぼお偉い先生ったってそんな他人様の人生を総括評価するような言動はあまりに礼を欠くでしょうよと私も思った。
その医師は回答の締めくくりに、どのようないのちも輝いていなければなりません、だったか、輝きという言葉を繰り返しておられたが、他人の人生の質を云々すること自体の倫理性もさることながら、その語りに美醜の尺度をもってするというのはなおさらどうなんだろうと思わされた。時代が時代ならこの人は若い兵士の死を桜にたとえて顕彰してたんだろうなと思った。 -
エンデュアランス号漂流
タフさについて考える読書の一環として。本書はさすがに外せない。しかしどうしたことか、本書について記事を書こうとするとエディタやファイアフォックスがフリーズしてなかなか投稿に至らない。なぜだろう。今日はうまくいくだろうか。
本書の主人公であるシャクルトンも、きわめてタフな人物であるが、けっしてクールではない。つまらん自説にこだわって貴重な資源を失ったりする。でも隊員たちはついていく。そして全員生還してしまう。
おそらく、けっして間違いをしないクールさにこだわると、この20世紀初頭の極地探検みたいな一寸先は闇の状況下ではやっていけないんだろうと思う。大事なのは間違ったとしてもタフに修正を繰り返し、結果として致命傷に至らず切り抜けることなのだろう。
エレファント島からサウスジョージア島への1300kmの航海は圧巻である。もちろんGPSなんてない時代だから、六分儀を用いて天測で自分の位置を計測する。その計測がずれていてサウスジョージア島を行き過ぎてしまったら、小さなボートには後戻りする術はない。自分たちも、遺された仲間も終わりである。そういう状況下で自分らの天測を頼りに進む心境というのはどういうものだろう。行き着けると信じる精神力はどこからくるものだろう。
サウスジョージア島に到着しても、島内の人の住む土地に至るには島を横断しなければならない。人跡未踏の高峰を、ろくな登山装備もなく横断することになる。自分ならサウスジョージア島の浜辺でへなへなと気力を失って座り込んでしまいそうな気がする。NICUで徹夜して超低出生体重児の初日管理を乗り切って朝が来たときに、もう一人いまから超未の緊急帝切をやるんでよろしくと言われたような心境。いや、そうやってもう一晩徹夜した夜明けに重度分娩時仮死の緊急新生児搬送の依頼が入ったような心境か。
「縄文人は太平洋を渡ったか」のジョン・ターク氏にしても、このシャクルトンにしても、タフさの本質というのは、そういう「ラスボス戦と思ってた戦いのあとのもう一戦」を戦えるかどうかなんだろう。その戦で重要なことは、正しい戦い方をすることではなく、とにかく戦い抜くことなのだろう。むろんそのもう一戦がほんとうのラスボス戦なのかどうかはわからない、という状況で、それでも戦い抜くことなんだろう。
以下余計な事ながら、シャクルトンたちは食糧が乏しくなると犬を殺してその肉を食い、犬の餌も人間が喰う。犬はまったく物資扱いである。それはそれでいいんだろうけど、それじゃあ日本の第一次南極越冬隊が犬を置き去りにせざるをえなかったときに世界中から受けたというヒステリックな非難はいったいなんだったんだと思う。紳士のために犬が犠牲になるのは当然だが猿が犬を犠牲にするのはバランスが悪いとでも言われていたのだろうかと、人種差別的な理不尽さを感じた。 -
内田樹先生はじつは偉かったのだと見直した
麻生首相が医師には社会的常識が欠落云々と発言した由。麻生内閣の環境保護政策についてはbogusnewsの記事に詳しい。世界的な経済危機の中で、環境保護など忘れ去られたかに思えたが、首相みずから率先して範を垂れるくらいだから、それも杞憂であったようだ。
新内閣は「環境保護内閣」を標榜─湿原保存に尽力 : bogusnews
今回、首相みずから「医師社会的常識欠如湿原」の手入れに乗り出されたわけだが、その活動に際して、「まともな」医師が不快な思いをしたのなら申し訳ないと仰った由。他者を評してまともだとかそうでないとか口にする時点ですでに、他者に対して一般に(医者にたいして特別にとは限らず)持ち合わせているべき、いわば社会的常識としての敬意が欠如してるんじゃないかと思う。ああ俺はまともな医者だから首相が言及したのは俺の事じゃないらしいと安堵するような医者がいるだろうか。いたとして、それは首相の言う「まとも」な社会的常識を備えた人物だろうか。いややっぱ、そんな医者を雇うとしたら雇う方の社会的常識も疑うでしょ。やっぱ。
この保護活動にはしかし、意外に世間の支持が集まっている様子である。経済についても勉強せねばとときどき読んでいた「池田信夫ブログ」にも支持が表明されていた。十数年か前にいちど、医師会の偉いさんに上から目線でものを言われたのがその根拠だという。たしかに言われた内容は今となっては噴飯ものだが、この一事をもっていま現在の状況をまるごと切り捨てるのは、いかに高名な池田先生といえども、ちと御免とはいかないことではないか。
医師会には社会的常識が欠落している人が多い – 池田信夫 blog
これは医師に対してではなく医師会に対してだと言い訳めいたコメントがあるが、親兄弟の悪口を言われたあとで「さればとてキミのことではないんだよ」と付け足されたらこんないやな気分になるんだろうと思う。べつに医師会に対して親や兄に対する礼節をこころえねばならんとは思わんが、一族には違いないんだよ。
そういう嫌な気分に対して内田樹先生のお言葉がありがたい。
いいまつがい (内田樹の研究室)
自分はこれまで色々とたてつくような記事も書いてきたけど、やっぱりこの先生は偉い先生だったんだなと思う。麻生首相がこの手の発言をあえてする背景についてまで深く考察してある。思索ってのはそこまで深くないと面白くないんだね。こういう記事を読んで池田氏の記事を再読すると、いかにも底が浅いように思える。内田先生がおっしゃる『前日学校を早退した友人に「昨日はなんで帰ったの?」と質問したときに「電車で」と答えられたような違和感』を私は池田氏の記事に対しても感じる。それに対して池田氏が『「自分はちゃんと問いに答えているのに、どうして世間の連中はそれに対して文句を言うのか」と憤慨』されることも容易に想像がつく。まあしかし、池田先生には内田先生の麻生首相にたいするコメントを、ぜひ我が事として読んでいただきたいと思う。
私としては、やはり多忙ではあるわけだし、池田氏はこの程度の根拠でものごとを論じる人なのだと知り得たということを奇貨としようと思う。彼の経済に関する論評を読む際にも、眉に塗る唾液の量を少々増やすべきなんだろう。というか、もう読むまいと思ってRSSの取得をやめるよう操作済みである。 -
自転車がこない
土曜日午前中の外来をてんてこ舞いでこなし、ようやく終えてNICUに上がりぎわ、空を見上げるとよく晴れている。こんな陽気の日に自転車で遠乗りしたら気持ちいいだろうと思う。なんも考えんとひたすらペダルを踏むのはどうだろう。やれやれ自転車が早く来ないかなと思う。9月に発注してもう11月だ。10月下旬って言ってたのが11月中旬に伸びたんだよな。でも15日だし、もう中旬だよな。
午後は重症の子があってNICUにえんえん居残り。胸腔穿刺って何回やっても会得した気分になれない。自転車が手に入っててもけっきょくは乗れなかったな。でも自転車はやく来ないかな。待ち遠しいなと思いながら22時ようやく解放されて帰宅。
帰ってみると妻が気の毒そうに、また自転車屋に行ってみたんだけどと言う。何がどうなってるんだか、ぜんぜん入荷の見込みが立ってないんだって、と。ひょっとしたら1月になるかもしれない、って。だそうだ。やれやれ。これだけ待たされると、自転車はいつまで「来ない」のか、かえって興味深くなってきた。これだけ欲しいものはすぐ手にはいるのが当たり前のご時世に、かえって新鮮な経験かもしれない。
まったく乗る暇がないということを思い知らされて愕然とするまでの猶予期間。病院のまどから空を見上げて、瞬時の妄想サイクリングをやってるあいだが、じつはいちばん幸せな時間なのかも知れないね。 -
医療崩壊で救われること
どんよりと身体の芯に重い疲れがのこり、見るもの聞くものに妙に現実感がない。聞こえるが聴こえない感じ。昨日の帰宅後も、食卓で夕食を待っていて、娘が自室から降りてきて学校の友達のこととかなんやかや話してくれるのを、ふと気がつくと聞き流している。聴いてないってことがうっかりばれたら、それっきり嫁に行くまで話なんてしてくれなくなるんだろうと思うと、冷や汗が出る。
宿題をしていた息子がふと顔を上げて、「機関車列伝」の録画ができていると言い、テレビをつけてくれる。消去できません、とか何とか言っていたところをみると、疲れた父になにか気を紛らすものを観させてやろうという気遣いではなく、たんにハードディスクを空けておきたいというだけのようだが、ぼんやり眺めるにはちょうどよい番組だったので、EF81とかDE10とかの解説を観ていた。娘も、テツな親子はしょうがないなと独り合点してくれた様子だった。
以前、NHKのクローズアップ現代で医療崩壊の特集があったとき、ちょうど当直の夜に放映されたのを観て、翌日の帰宅後にどう思ったと妻に聞いてみた。妻は私以上にあちこちのサイトで医療崩壊について勉強しているので、さぞや深い話が聞けると思ったのだが、なにか複雑な顔をしている。なんだろうと思ったら、その番組を観ていた息子が一言、「僕もお医者さんになりたいんだ」と言った由。そう言えばこのところ学習百科事典の人体の巻を読んでいることがあったので、自閉症児とはいえ中学生だし色気も少々はつくのかなと思っていたのだが、本人は医学の勉強のつもりだったらしい。このときばかりは、医療が崩壊しかかっててかえって救われたような気分になった。 -
縄文人は太平洋を渡ったか ジョン・ターク著 青土社
縄文人は太平洋を渡ったか―カヤック3000マイル航海記
ジョン ターク / / 青土社
ISBN : 4791762568
米国ワシントン州の川辺から、9000年前のものと推定される人骨が出土した。顔を復元してみると縄文人そっくりであった。著者は、縄文人が北太平洋の海岸伝いに北米大陸まで渡ってきたのではないかと考え、自分でその航海を再現しようと試みた。1年目は両舷にアウトリガーのついた一人乗り帆船で、北海道を出発して千島列島沿いに北上しカムチャッカ半島に到達。2年目にはシーカヤックでカムチャッカ半島の東岸をさらに北上して、ベーリング海に浮かぶ米国領セントローレンス島へ到達する。
逃避のために読んでかえってタフさというテーマを考えさせられた本の一冊である。本書を読むと、十分なタフささえあれば、クールさとかクレバーさとかはそれほど重要ではないのかなと思わされる。著者はひどくタフだ。満足な地図もなく、その日の夕方にうまく上陸できる海岸があるかどうか分らないまま、海にこぎ出していく。その精神力だけでも大したものだと思う。潮流に流されて(オホーツク海と太平洋は深さから何から全然違う海なので千島列島の島の間には複雑な潮流が渦巻く)太平洋に流され、陸も見えないところからGPSを頼りに帆走して生還したりもする。千島列島は北半分は島が小さくなり間隔がひらく。南千島とちがって一日の航海では次の島へ着けない。彼らは同行の二人で互いの船をくくりつけ、30分おきに操船と睡眠を交代しながら3日間まったく陸の見えない航海を完遂する。そうして這々の体でたどり着いた小島には枯れ川しかなくて水が手に入らず、ロッククライミングで崖を登って小さな泉を見つける。延々この手の話が続く。十分なタフさがあればたいていの問題は乗り越えられるという教訓。いやもうそんな教訓レベルを超えている。神は十分タフな奴のみかたをする、というのが本書のテーマかも知れない。
著者はシーカヤックの単独航海でホーン岬をまわったお人だそうだ。実績のあるタフなお方だ。その著者曰く、こういう航海をするのは従来言われていたような、戦乱や飢餓に追われてやむなくといったプラグマティックな動機だけでは不可能だと。そうではない、心の底から沸き上がるような、やむにやまれぬ、半ば正気を疑われるようなロマンティシズムがなくてはこの手の航海は無理だと。なるほど。
しかし著者はクールでもクレバーでもない。とつぜん根室へやってきて日本の役人に「今から国後島へ渡りたいんだが」と言って通じると思っている。南千島の帰属をめぐる問題についてまったく調べもせずにやってきたらしい。やれやれな脳天気ぶりだが、交渉の末に条件つきで渡航を認めさせてしまう。クールさの欠如を補って余りあるタフさ。
しかしロシアに入ったら、ちょうど経済が崩壊していた時期で、行く先々の無法ぶりはクールな理屈の通用する状態ではない。けっきょくは、著者のようにタフなネゴでごり押しはんぶんに乗り切っていくのが、いちばんクールなやりかたでもあった。
ちょうどロシアの経済が崩壊していた時期であったとはいえ、著者が報告する北方領土の社会的荒廃ぶりはひどいものだ。インフラは崩壊し、民間人は大半が引き上げてしまって目につくのは軍人ばかり。残った住民は空き家の壁をはぎ取って薪にしている。持てあますんなら返せよと言いたくなる。おそらく、この悲惨な中に、日本の政治家が「ムネオハウス」をつぎつぎに建てて救世主になったんだろう。彼の路線で行ったら本当にこの土地は帰ってきたかも知らんなと思わされた。なんだって彼は失脚させられたんだったっけ? 彼の失脚で得られた成果といえば社民党の女性代議士が一発芸の才能を披露したくらいしか思いつかない。地元に帰れば彼女はヨシモトに再就職可能だと思う。「総理、総理、総理!」「あなたは疑惑の総合商社」云々、いろいろと使える台詞が耳に残る。最後に「今日はこれくらいにしといたるわ」で締めて引き上げるとなおよろしい。って、何の話だったっけ。 -
替わりがあるなら大歓迎
土曜日当直。準夜帯にうとうと仮眠したが、 NICUでの急変だとか早朝の緊急帝王切開立ち会いとその後のNICU入院処置だとかで深夜帯はほとんど眠れず。ベッドに入るたびにPHSが鳴る状態。朝からNICU直を若手に引き継いで、病棟回診だとか休日外来とかやって(実際はほとんど動けず周囲にはそうとう迷惑をかけた)、14時頃に帰宅した。ジロ・デ・イタリアの第14ステージをつけてみたが、うとうと居眠ってしまうのであきらめて睡眠。19時頃に娘に起こされて晩飯。風呂に入ってまた寝て、午前5時に新生児搬送で呼び出し。7時にいったん朝飯を食べに自宅へ戻り(徒歩5分なのがありがたい)、8時出勤して短距離の新生児搬送、その後は普通の月曜日の小児科外来。午後も受付時間外の外来をぼちぼち診て、夕方はNICU当直の先生が伏見まで新生児を迎えに行く間の留守番で23時まで居残り。居残り中もぼちぼちと時間外外来を診察する。片道1時間くらいの距離ではあるのだが、ちょっと難しい症例で、迎えに行ってうちで診断つけたあと他施設へ送り出し搬送となったので時間がかかった。日が変わる頃に帰宅して寝て、火曜朝出勤して午前はNICU担当、午後は外来担当、そのまま当直に入り、当直帯にはNICUでの眼科診察立ち会い。有り難いことに眼科診察でくたびれきった未熟児たちも準夜帯のうちに持ち直し、深夜帯の救急受診も急変もなく、いちおう眠れた当直だった。明けて本日水曜。朝から小児科の一般外来。午後ようやくオフ。で、この記録を書いてみた。
最近は医療ブログはほとんど読まない。とくに医療崩壊を扱うサイトはまず読まない。読まなくても崩壊しかかってるのは分っている。こんな勤務が持続可能な業務であるわけがない。加えて、以前しばらくブラウザの表示フォントをHGP創英角ポップ体にしていたことがあって、あのフォントだと深刻な内容もなんとなく暗さ悲惨さ憤激催し度が薄れてしまってすっかりアンテナやRSSブラウザの構成が変わってしまった。
でも墨東病院のこととか、ときにトピックになることがあると、怖いもの見たさ半分でむかし読んでいたサイトとかに手を出してみる。そして、「代わりはいくらでもいる」とか「まず汗を流せ、話はそれからだ」とかいった「一般」の皆様からのコメントを拝読してみる。やれやれと思う。まるで世間は変わっていない。
怖いもの見たさで見に行って、じゅうぶん怖いものが見れたんだから、まあ目的を達したとは言えるかも知れない。もちろんそんな暴言コメントには腹も立つわけだが、そして私などが受けて立つまでもなく反論はなされているわけだが、しかしまあ、「何言ってるんだいまどき」みたいな怒りは、実は不正解なんじゃないかとも思う。正解の反応とは
「え、ほ、本当ですか? いくらでも代わりはいるですと!? 朗報です。ありがとうございます。すぐ招聘に参ります。ぜひぜひご紹介下さい!!」
ではないかと思うわけだが。もしも本当に代わりが幾らでもいるのなら大歓迎だ。医療が崩壊しているなんて些末な自説はいくらでも撤回する。撤回っていくらでもするものかどうかは知らんが。
週末は土曜自宅待機、日曜日は日直当直。今月も自宅待機と日直当直で週末は全部潰れている。当直は9回。自宅待機は11回。なのに世間には「まずは汗を流せ」と言われるかたもある。その方の日常を拝察すると涙を禁じ得ない。どんな過酷な日常を送っておられる方のお言葉なのだろうと。
