投稿者: yamakaw

  • セカイにはばたけ石原慎太郎

    いじめが原因で「11日に自殺する」との手紙が文部科学省に届いた問題で、石原慎太郎都知事(74)が10日、「あんなのは大人の文章だね」と手紙が“偽物”であるとの見方を示した。また石原知事は、いじめを苦にした自殺が相次いでいることについて「甘ったれている」などと指摘。問題解決のために「もうちょっと親がしっかりしたらいい」との持論を述べた。


    偉大なる文学者・教育評論家・政治家であられる我らが太陽(族)金正日石原慎太郎閣下が、いじめが原因で自殺すると予告した手紙に関して、舌鋒鋭くご指導の御言葉を賜った由である。我々凡夫平民は、あたかも月面の陽光の如くにあたり構わず物事の一面ばかりを照らす、閣下のご指導の御言葉を慎んで拝領し、あまねく世に広げるべきものであると愚考するものである。
    私の如き凡夫には、いじめに苦しむ心情の吐露としか読み得なかった文章を、「理路整然とした」「大人の文章」と御見抜きになるあたり、その炯眼には畏怖せざるを得ない。閣下のごとく余人の遠く及ばざる深さまでお見通しになるご炯眼の持ち主が、日ごろ妄言妄想の輩との誹りをいかに退けておられるのか、小心者の小生としては些か不安を覚えるほどである。まして斯様な文脈で「理路整然」なる表現を敢えて用いられるに至っては、閣下の文学者としての名声に泥を塗る結果とならないかと、恐れるばかりである。
    しかし私たち凡夫は決して、閣下のご分析を妄想と断じる愚を犯してはならぬのである。閣下は文学者としての名声を犠牲にしても、教育者の本分を貫いておられるのだ。「良いところを見つけて誉めて伸ばす」という方針の下、かの少年の文才を激賞しておられるのである。ふだん辛口で知られる閣下が「理路整然とした」「大人の文章」と仰るのである。破格の激賞と言わずして何と言おうか。「今の中学生にあんな文章力はない」とまでの激賞ぶりである。小生としては、閣下御自らそこまで仰るとは東京都下の中学生の国語教育は大丈夫なのかとか、卒業式の日の丸君が代にこだわっている場合かとか、またも不安が募るのであるが、閣下の如き大人物には、そのような些事はどうでも宜しいこと、言うまでもない。
    閣下は文学者・教育者にして政治家であられる。名著「NOと言える日本」をご執筆になった、閣下の優れた政治思想家としての分析力を侮ってはならぬ。
    閣下のご炯眼には、今回の手紙の主が現米国大統領のジョージ・W・ブッシュ氏であるということ一目瞭然なのである。常に米国にNOを言う心がけを片時もお忘れにならぬ閣下ならではの着眼である。中学生ほどのメンタリティを持つ大人であって、現在四面楚歌の境遇にあり、11月8日までに状況が好転しなければいよいよ絶望の淵に立たされる人物。いじめっ子キャラのラムズフェルド君に食い物にされた挙げ句の失政を積み重ね、11月8日に大勢の判明した中間選挙では大敗北を喫した、現大統領ブッシュ氏の境遇そのままではないか。
    「もうちょっと親がしっかりしたらいい」。このご指導は、厳父ブッシュ元大統領に苦言を呈しておられるのである。テキサスの牧場に引き籠もりがちな甚六をもうすこし鍛えてホワイトハウスで頑張って働かせよ、ラムズフェルドの如き友達と一緒に遊ばせるなとの、有り難いご指導なのだ。まさに、教育と政治の両分野に渡って造詣の深い閣下でなければ発し得ぬ御言葉である。ブッシュ元大統領は、今からでも遅くはない、閣下の名著「スパルタ教育」を読み、蒙を啓かれるべきである。
    敢えて閣下がブッシュ父子の名を出さなかったのは、かつてフランス語に関する御尊慮を表明して日仏間に物議を醸したご経験から、日米関係へのご配慮をなさったものと愚考する。閣下の学習能力を小生は少々侮っていたようである。小生も閣下に習い、「おともだちのわるくちをいってはいけません」という幼稚園の先生の御言葉を思い出しているところである。それにしてもいったい何故に米国大統領が日本国の文部科学省に自殺予告の手紙を出すことになるのか、小生には全く理解できず、不明を恥じるばかりである。
    自殺に至る人の多くは、決行の前には周囲に自殺をほのめかすことが多い。この知見を敢えて無視し、「自殺なんて、予告して死ぬなって」との厳しいご指導の御言葉である。さらには、「死ぬの、死なないの?」と、首に縄をかけて迷う少年の踏み台を蹴り倒すような厳しい御言葉を畳み掛けておられる。まるで少年を実際に苛めている加害者そのままの言葉、自殺を楽しみに待つかのごとき口調に我々凡夫は慄然とするばかりである。
    しかし、この浅慮極まる畜生の如きご指導も、閣下の御言葉であれば、閣下の優れた政治家としての姿勢を表す御言葉として輝きを増すばかりなのである。平素より「三国人」等々の表現を用いて少数派の排除にご尽力の閣下のことであるから、この御言葉も、少年を苛める多数派の加害者達へのご指導なのだと思わねばならぬ。閣下は熱い正義感を敢えて押し殺したふりをして、残虐な加害者になりきった台詞を吐いてみせておられるのだ。いじめがいかに醜く残酷なものであるか、閣下は身をもって表現して下さったのである。加害者の諸君は閣下の心情を正しく理解して、今後は決して閣下の言動を真似しないように、心して生活しなければならぬ。もしも今回不幸にして被害者の少年が自殺してしまったとしても、世間からの非難は閣下が身代わりに受けて下さる。閣下の政治家としてのこのお覚悟、その犠牲的精神には、不肖小生、感涙に咽ぶばかりである。
    東京都民諸賢よ。諸賢は身の程を弁えねばならぬ。かくも偉大な人物を、東京都知事の如き雑務に忙殺するとは何ごとであるか。セカイに向けて羽ばたくべき人物を、一地方自治体に押しとどめておくなど、その才能の浪費は慚愧に堪えぬことではないか。次回の選挙を待つことなく、直ちに諸賢の総意で辞退申しあげねばならぬ。かような偉大な人物は世界を相手にしてこそ相応しいのである。閣下は本邦が世界に誇る大俳優の兄上であられる。閣下には北海道小樽市にある石原裕次郎記念館の終生名誉館長として、小粋にジャンパーを着こなし北辺の地から米国にNOと言う偉大なる指導者としての終生のご活躍をと、小生、切に希うものである。

  • あなたの手紙を読みました。

    アンカテ(Uncategorizable Blog) – 人権を失ったまま生き続けても、そんな命に意味はない。
    もしもこの手紙を書いたあなたが、この記事をお読みになることがあるとしたら、
    私からあなたに伝えたいメッセージは
    「あなたの手紙を読みました」ということです。
    他にも語ることはいろいろあったとしても、それらは全て些細なことです。
    些細なことに気をとめられるような、余裕のある人どうしで語られることです。

    あなた自身に、どうしても伝えたいことは、
    私もまた、あなたの手紙を読みました、ということ。
    あなたの手紙を読み、
    あなたの苦しみに、慄然としています。

    (さらに…)

  • 彼は背広を着るべきだった

    万波医師は背広を着て登場するべきだった。彼の、胸元のはだけた手術着姿は、見る人の余計な攻撃心をあおってしまったように思える。私など不徳の至りでなんとなく横山弁護士を思い出してしまったんですがね。
    徳洲会は早期に彼を紳士服の青山かハルヤマかにつれていけばよかったのに。まだ彼が「臓器売買に巻き込まれて困惑した医師」の立ち位置にあるうちに。耳なし芳一が全身をお経で守ったように、万波先生は背広で自身の気配を封じるべきだったのだ。そうすれば、臓器売買事件の取材に宇和島にやってきた面々も、もうちょっとこの医者をつついてみよう的な思惑を起こさず、すんなりと解散したんじゃないかと思う。
    むろん、彼が行った一連の腎移植について、冷静に論じる必要はあろう。いっさい問題なしとは私も思わない。しかし、病的腎など以ての外と切り捨てる現在の論調もなんだかなあと思う。万波潰しが先に立ってるようで気の毒だ。もうちょっと冷静に議論がすすまないものかな。
    健側腎がしっかり機能している人からなら摘出が適応の病的腎でも、両側とも腎機能がまるで廃絶している人にならいくばくかでも役に立つという可能性は、ほんとうにないのかな。病的腎なんて穢れたものを他人様の身体に入れるんじゃねえみたいな門前払い的議論ではなくて、本当にためにならないことだったのかを、個別の症例で見当するべきじゃないかと思うのだが。

  • あのころ君は馬鹿だった

    【50、やり直せるならどの時点から人生をやり直したい?】
    実は高校時代の同窓生にこのブログがそうとうリアルばれしている様子なのだが、いったい彼らは私が小児科医(しかも赤ちゃん専門)になることをどれほど予想していたか、ちょっと知りたくはある。いや、知りたくはあるけど恐いから実際のコメントは要らないよ。実は高校の同窓会には教養部時代の1回きりしか出ていないので、その感想は聞けてない。かのガリ勉な彼に、他所様の赤ちゃんを抱いてあやす将来像を誰が想像したろうか。
    つうか、まあ、彼の将来なんて誰も興味なかっただろうけど。自分でなきゃ私も興味ない。
    高校の吹奏楽部だった折に、まるで「たわばさん」や「鳥坂先輩」みたいに卒業後もしょっちゅう部室に顔を出す先輩が居て、新しい土地で友達ができないんだろうかと気の毒だったし、なにより鬱陶しかったので、卒業したら高校とはいい加減に縁を切らにゃあなあ、と当時から自戒していた。その後も京都にいるせいか、南座の看板とかで舟木一夫の学生服姿が目につくのだが、彼もいいトシして高校三年生の呪縛から逃れられないのが気の毒である。彼は商売でやってることだし、私がとやかく言うことではないけれども、でも彼の高校生姿を見てると、「それっきり何にも良いことが無いんで高校時代を懐かしむしかない初老の男」という、物悲しいとか哀れを通り越して一種グロテスクな戯画を見せられているような気分になる。そういう演目はイッセー尾形がやるのかな。
    妻もクラスは違えど高校の同窓生ではあるし、言ってみれば家庭で毎日同窓会してるようなものだから、今さらという感も無いではなくて、他の同窓にはあんまり縁を求めなかった。娘は関西弁と長崎弁のバイリンガルだったりします。
    ただ、いまの自分の境遇に比べれば、「あのころの未来」は味気なかったと思う。
    あの頃の自分に合うことがあったら、何と言ってやるだろうか。色々な意味で単純というか一途というか、一言でいえば「お馬鹿」だった彼に、かける言葉はなにかあるかと考えてみる。いま君が欲しがってるものは基本的に何一つ手に入らんよという、彼にとってはかなり冷酷であろう事実を告げるべきかどうか。君がいま目指している大学には君は入れない。君がいま好きな女の子と君はいまの距離以上には近づけない。あのころ目指していたもののうち、実際に手に入ったものは医師免許くらいだ。博士号とか研究とか留学とかからも完全にドロップアウトしてるし。
    あるいは、君は真面目を自認してるけど悉く中途半端だよと冷酷に指摘するべきかどうか。君の勉強の仕方は、手近なところを囓っては投げ出すばかりで、地道に一カ所を囓り抜く根気に欠けているとか、大学へ入ってから後のことは具体的には何も考えてないとか、彼女をデートに誘ってみる気概も無いとか。
    一番伝えたいことは、「君の人生は君が思ってる以上に多彩で面白いものになる」ということではある。君は自分で求めたものは何一つ得られないけれど、必ず、求めた以上のものが手に入るからと。君自身の予想以上に君は良い縁に恵まれているからと。
    しかし、多分、彼は何を言われてるのかさっぱり分からないだろう。なにさま、彼はそれほどの「お馬鹿」だから。本人が言うんだから別に名誉毀損にもあたらんだろう。どういう風に話したら彼にこういう話を理解させられるのか、さっぱり分からない。多分に、もしもあの頃にタイムスリップすることがあったとしても、通学のキハの中で居眠る高校生の自分を遠目に眺めるだけで帰ってくるのが最善だろうと思う。
    もしも過去の私と話すとして、この日には大きな地震があるから絶対に神戸にいてはいけない、と、伝えるべきなのだろうか。それが最大の難問。答えを迫られないのが何よりである。

  • 空床

    昨日のバックトランスファーで空床が一つ空いた。今日も午前中の外来を終えてNICUに戻ってみたら、短期入院の子がまた一人バックトランスファーで帰っていた。お母さんがこちらへ転院してきて病棟で母児同室入院になった子もある。なんのかのと、空の保育器が目につく。
    正当な理由なく赤ちゃんを飢えさせてはならない(絶飲食は早めに解除しようね)。正当な理由なく母児分離を続行してはならない(この子は今日もまだ入院してなきゃならないの?)。正当な理由がなければ常に母親が正しい。その他諸々。小児科の経験的知恵。あるいは痛い眼の教訓。
    早すぎる退院転院で治療が半端になってはならない。むろん必要な入院期間はじっくり確保する。けれども、NICUを埋め続けるほどでもない軽症の子に埋まって空床0ってのも、なかなか世間様のご期待に添えない話である。どこまで無駄な時間を切りつめられるか。早すぎず遅すぎずのタイミングをどれくらいの精度で見切れるか。
    けっこうゆとりが出てきて、明日には複数の入院予定があり、今夜かもしれないハイリスク母胎があり、それでも今日も空床は1/1/可。たぶん少々の入院があってもこの1/1は消さずに済みそうである。

  • 新生児搬送を白バイ先導で

    府南部の病院まで新生児搬送。もともとその病院からの母体搬送でお預かりした赤ちゃんであった。当院で生まれて急場も乗り越え、退院までの目算が立ってきた。今では自宅から遠くて御両親の面会もままならないのが最大の問題。退院後に外来に通うにしても、生活圏内の病院のほうが何かと便利。何やかやの事情で、もとの病院へ送り届ける。業界用語ではバックトランスファーと言う。
    今日は快晴。月末にしては交通量も少なく、滑らかに走れた。気持ちよいドライブ日和。ふだんの新生児搬送は、たいがい呼ばれて出向いて赤ちゃんを引き取って帰るんだが、往き道はまだ見ぬ赤ちゃんの状態が気になってしかたがないし、帰りは病態の落ち着かない赤ちゃんを実際に乗せてるわけで、往復とも緊張のしっぱなしである。今回は自分の責任で病状を落ち着かせた赤ちゃんだから、乗せてても余裕だ。帰り道に至っては空車である(さすがに鈍行で帰ったが)。ゆとりが違う。
    途中、たまたま白バイに追いついたところ、先導して下さった。我々の前を行く車列の周囲をこまめに走り回って、上手に我々の進路をあけてくれた。トラックを退かせ普通車を退かせ、10台近くも先行車を誘導して下さった。最後のミキサー車を退かしたところで、行けと手を振って自分も脇に退いた。
    このミキサー車の時は、対向車線も空いてるのに私らが追い抜いていかないものだから、怪訝そうに振り向かれた。当方の運転手が、拡声器で「赤ちゃんが乗ってますから鋲が踏めません」と申しあげたら、納得して、路肩の広くなったところにミキサー車を入れてくれた。あれはたぶんミキサー車の運転手さんにも聞こえたんだろうとも思った。
    粋な白バイだった。ご協力に感謝します。
    むろん、先導がなくてもああいう大型車の運転手さんはけっこう上手に道をあけて下さるものではある。そうは言っても限界はあって、こちらも小刻みに加速減速を繰り返すことになる。先導があると、先行車が我々に気付く直前の微妙な減速をしなくて済み、乗り心地が良くなった。なにせ私は保育器と対面して進行方向には横向きで乗ってるから、加速減速が繰り返されるとだんだん酔ってくるもので。
    まあ、白バイの先導で新生児搬送なんて、もう金輪際ないだろうな。愉快な体験ではあった。
    今日の空床情況はこの子が帰った分の空床で重症1/軽症1ってところか。木曜に入院予定があって1/1はちょっと苦しいかも。工面はつくけど。母体搬送可。

  • 丹波哲郎的回診をめざせ

    丹波哲郎さんが亡くなった時に、追悼インタビューで、Gメン75の共演者が語るところによると、
    台本を読んでこない丹波さんに、監督もストーリーなんて語らず、
    犯人役については
    「あいつは悪い奴なんです。」
    「そうか、悪い奴なのか。どれくらい悪い奴なんだ」
    「ものすごく悪い奴なんです」
    「そうか、ものすごく悪い奴なんだな」
    で、丹波さんは「ものすごく悪」相当に厳しく対処する。
    被害者役の人についても
    「この人はかわいそうな人なんです」
    「どれくらいかわいそうなんだ」
    「少しだけかわいそうな人なんです」
    で、丹波さんは「少しだけかわいそうな人」を「すこしだけかわいそう」相当にいたわる。
    案外と、回診もこのようでなければならないのかも。
    私ら現場ががんばって赤ちゃんを診る。
    もう主治医受け持ちを持たなくなった偉い人に対しては、
    在胎週数とか体重とか感染とか慢性肺疾患とかうだうだ言わず、
    「この子は良くなってるんです」
    「そうか、どれくらい良くなったんだ」
    「とっても良くなってます」
    そんなふうに済ませるのが理想なのかも。
    それが現場の心意気だし、
    ひょっとしたら香港ロケとか連れてってもらえるかも。
       ・・・いきなりカンフーマンと対決するのは願い下げだけど。
    今日は軽症か重症かどっちか1.母体搬送は可(だったはず。確かめてくるの忘れた・・・)。

  • ただいま帰宅

    17時。5時に帰れりゃ定時じゃないかって、いや今日は日曜日ですから。世間では。
    出勤したのは午前8時。昨日のね。
    その前に帰ったのは23時。
    出勤の義務がない日は次は11月12日。3週間連勤になるのかな。
    NICUは軽症1/重症1/母体搬送可。今夜は自宅待機番。また呼ばれるかな。
    そんなものだよな。
    とりあえず寝ていよう。

  • 「責任者出てこーい」というセリフは昔は笑うところだったんだが

    「責任者出て来ーい!」が持ちネタの漫才師がおられたように記憶する。いわゆる漫才ブームのころだったか。最近とんと漫才を見なくなったので、ご健在なのかどうか寡聞にして存じ上げない(彼を過去の人あつかいにするのは本旨ではない。ご容赦願いたい)。
    昔はこのセリフは笑いを誘うセリフだったんだよなと、ふと思った。むろん責任の所在を追求するにはあまりに他愛ない題材であってこそという一面はあろう。しかし、子供のころの私は、彼が生真面目な顔で「責任者出て来い!」と叫ぶだけで、前段がどうあれ、おおいに笑わせていただいたものだった。その言葉それ自体に、何とも生真面目な滑稽さが内在しているような気がしていた。
    いまはこのセリフは笑えるセリフではない。テレビを見ても新聞を開いても、陰に陽にこのセリフが並んでいる。全ての記事がこのセリフで締めくくられているようにさえ思える。
    もちろん、責任の所在を問うことが重要な問いとなる場合というのは幾らでもあろう。しかし昨今の風潮は、あまりに、「責任者出て来い!」に収束しすぎてはいないか。他に問うべき重大な質問が幾らでもあろうに、他のことは放り出して、性急に「責任者出て来い!」という結論にもちこんで、それで良しとする論が多すぎないか。

  • 朝日と毎日は今度は何を煽るのか

    奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論なる記事が本日の朝日新聞に載った。書かれていることは、まっとうだと思った。書かれてあることは、だ。たしかに、捜査には不安を持ってる。拮抗してるとは決して思わないけど、賛否両論たしかにある。行政に対する批判も大きい。
    でもね、この記事に、書いてないことがありやしないか?
    「6時間”放置”」はどうなったんですか?「1時間以上放置」に修正しただけですか?引用符を取り払っちゃって大丈夫なんですか?
    私らが不安がってるのは、捜査だけではない。こういう浅慮かつ扇情的に報じられる報道もまた、私は大変に不安である。朝日新聞は、自分たちの記事が医療を追い込んでいるという自覚があるんだろうか。いつまでしらばっくれて、無色無臭の傍観者の振りをしているのだろうか。自分たちの報道が歴史の方向を変えるくらいの力があるという自覚を、なぜ持てないのだろうか。
    端的に言って、朝日新聞は、戦前の所業を忘れたのだろうかと、私は訝っている。
    朝日新聞はときおり、戦時の報道に関する反省特集を載せる。太平洋戦争のころの、大本営発表の鵜呑みを強制された時代のことばかり言ってるかのような印象がある。「あんな時代だったし私らも憲兵が睨んでたんで書きたい記事も書けなかったんです。私たちも被害者だったんです」と言っているかのように。
    しかし朝日は(毎日もまた)、満州事変勃発の時は、軍部と結託し、戦争を積極的に煽りに煽ったのである。最終的に国をも滅ぼすに至ったような、時代の転回点で、この二紙は先頭に立って、歴史をあの方向へ引っ張った過去があるのである。
    昭和史 1926-1945
    半藤 一利 / 平凡社 
    本書において半藤氏は語る。

    一方、日本国内では、この日の朝刊が—当時は朝日新聞と東京日日新聞(現在の毎日新聞)がダントツの部数でした—ともに俄然、関東軍擁護にまわったのですよ。繰り返しますが、それまでは朝日も日々も時事も報知も、軍の満蒙問題に関しては非常に厳しい論調だったのですが、二十日の朝刊からあっという間にひっくり返った。たとえば東京朝日新聞ですが、十九日の論説委員会で、これは日露戦争以来の日本の大方針であり、正当な権益の擁護の戦いであるということが確認され、二十日午前七時の号外は「奉天軍(中国軍)の計画的行動」という見出しで、特派員の至急報を国民に伝えます。これはほかの新聞もほぼ同じで、つまり軍の発表そのものであったということです。
    「十八日午前十時半、奉天郊外北大営の西北側に暴虐なる支那軍が満鉄線を爆破し、わが鉄道守備隊を襲撃したが、わが軍はこれに応戦した云々」
    とあり、「明らかに支那側の計画的行動であることが明瞭となった」と書いています。よく読めば少しも「明瞭」ではないのですが、これがそのまま大変な勢いで国民に伝わります。 (p72)

    この方略でうまく国民をリードするには、例によって新聞を使うことです。彼らは新聞を徹底的に利用して、満州独立の構想を推進しようと考えます。戦争は、新聞を儲けさせる最大の武器なんです。だから新聞もまた、この戦争を煽りながら部数を増やしていこうと、軍の思惑通り動きました。
    満州事変の本格的な報道は十月からはじまるのですが、それから約六ヶ月間に、朝日も毎日も臨時費約百万円を使いました。ちなみに当時の総理大臣の月給は八百円です。いかに新聞が金を使ってやったか—朝日の発表によりますと、飛行機の参加は八機、航空回数百八十九回、自社制作映画の公開場所千五百、公開回数四千二十四回、観衆約一千万人、号外発行度数百三十一回、と大宣伝に大宣伝を重ねたんですね。すると毎日新聞が、負けるもんかと朝日以上の大宣伝をやりました。当時の政治部記者、前芝確三という人が後にこんなふうに語っています。
    「事変の起こったあと、社内で口の悪いのが自嘲的に”毎日新聞後援・関東軍主催・満州戦争”などといっていましたよ」
    つまり、この戦争は毎日新聞が後援しているみたいなもんだというくらいに、報道の上で太鼓を叩いたんです。現地に行く新聞記者、特派員も各新聞がエース、名文家を送り出して徹底的に書きまくりました。(p80-81)

    ここに挙がった朝日と毎日が、そのまま、現代の医療に関して先鋭的な、有り体に言って些か無茶な記事を書く新聞であるのは、偶然の符合なんだろうか。かつて満蒙を侵略せよと煽りに煽って、最終的に亡国に至る方向へ国を曲げたことを、彼らは本当に真摯に反省してるんだろうか。いま医療不信を煽りに煽っていることが、いまの彼らには「正当な権利の擁護の戦い」に見えてるんだろうけれども、私には、彼らの態度は、売り上げに血眼になって満州事変を煽った恥ずべき社史を、性懲りもなく繰り返しているかに思われる。