カテゴリー: 日記

  • 日本人ってほんとにナンバで歩いてたのか?

    内田樹先生のブログで古武術関連の話題を読んでいると、「江戸時代までの日本人は現在とは身体の使い方が違っていた。歩く時は身体を捻らずに歩く。歩く時に腕は振らない:強いて振るとしたら右手と右足・左手と左足が同時に前に出るような振り方になる」云々のナンバ歩きの話題が時々出てくる。
    それ本当か?と、日々の外来で赤ちゃんの発達を診ていて思う。要はナンバって生後2ヶ月頃の「非対称性緊張性頚反射」がそのまま大人まで続いてますってことかいな。顔の向いた方の手や足が屈曲し、対側の手足が伸展しますっていう姿勢反射だが。その後には赤ちゃんは生後6ヶ月すぎから手足を交叉性に使うようになる。ハイハイの時には必ず右手と左足・左手と右足がペアで用いられる。右手と右足をペアで使ってちゃ体幹の動きが活用できないからハイハイにならない。
    でも幼い頃に父の日曜園芸を手伝って鍬を振った時の動きとか、高校の剣道の授業で竹刀を振った時とか、たしかに半身を入れて右手と右足が同時に前に出てたなとも、思い出す。

  • beautiful name

    私の受け持つ患者は受け持ち時点ではたいてい名がない。姓だけ。
    生まれてきたばかりの、○○ベビーとか、多胎なら○○Aベビーと○○Bベビーとか。
    初日の嵐のような処置を乗り越え、排尿と体重減少が始まり哺乳も増量しはじめた生後2~3日頃に、保育器の名前シールが埋められる。看護師の筆跡の姓の隣に、違った筆跡で、いつの間にか親御さんが名を書き込んでおられる。それで最後の空白が埋まる。
    名が付くと、保育器の中の数百グラムが、急に「個人」になる。
    それまで自分はこの子を何だと思ってお世話していたのだろう、と思うこともある。常にだいじに接してきたつもりで、しかし名前がついた時にはいつも我に返る感がある。この感触があるかぎりには、至らぬところがあるということかもしれない。物体と思ってなかったか?受け持ち患児に名前が付いたときのこの新鮮な感覚には反省するべき点があるんじゃないか、とは思う。
    生まれたばかりの赤ちゃんをNICUに預けることになった親御さんの思いが、名に籠められている。すこやかに生き延びてくれとの祈りのこもった、立身出世上昇系ではなくて健康安定志向の名が多くなる。極めてありふれた名が多い。しかし有り難くないということではない。その名をカルテ表紙に書き込み、養育医療意見書を仕上げる。字画を一画一画、書き飛ばさず丁寧に書く。
    beautiful name. ひとりずつひとつ。NICUで脳裏にリフレインする。あれは真実を歌った歌だと思う。世界中の全ての人に、こうした願いを込めて命名した誰かがいるのだと思うと、一瞬、気が遠くなる。

  • 正しい居場所にいる幸せ

    奇妙な静かさ。ゼクリストのかん高い排気音とハミングの振動音。看護師が薬剤をダブルチェックする早口の復唱。間接照明で薄暗くした夜のNICUに座っていると、自分が正しい場所に居るという幸福感が沸々と湧いてくる。いま自分は right time, right place に居ると実感する至福。

  • 靖国参拝

    「特攻と日本人」を読み終えたところへ、小泉首相の靖国参拝のニュースが入った。型どおりに中国と韓国から批難され、米国からは「靖国参拝と6カ国教義は別だということを関係諸国はちゃんとわかってるはずだ」と国務省の誰かが高踏的な口調で述べた。東アジアで日本と中国韓国があんまり親密になっては米国の立場がなくなるので、日本政府は中国や韓国の神経をときどき逆撫でしておく必要がある。内田先生のブログに書いてあったとおりの筋書きである。
    小泉さんを無思慮な直情径行の人と予断してはならない(そう予断して大変な目にあった人が今回の選挙で数多く居た)。彼の行動は老獪な政治家のそれだ。首相の靖国参拝も、日米関係の問題として考えれば全く筋が通ったことなのだ。靖国参拝は米国の国益に適うことなのである。小泉さんは日米友好のために靖国へ参拝しているのである。そうでもなければ、A級戦犯を祀った神社を首相が参拝するのを、米国が黙認するはずがない。彼らをA級戦犯と断じた東京裁判の中心になったのは米国である。東京裁判の結果を受け入れますって言うから講和したんじゃないかよと言われて当然なのである。米国民にとっても、イオウジマやオキナワというのはそれなりの犠牲を払った土地として記憶されていると聞く。米国の退役軍人会の面々から「コイズミがトージョーを神として拝むのはけしからん」と批難の声が上がらないのは本来不自然だ。原爆の正当化に関してはあれだけ神経質な面々なのに。その声が上がらないのは上がらないようにする意図がどこかで働いているのである。
    首相は毎夏の原爆忌において米国非難の色彩をいかに薄めるかには可哀想なくらい神経質になっている。原爆忌を報じるニュースに登場する小泉さんの顔色の悪さは目に余る。まるでブレジネフ時代のチェコ首相がプラハの春の犠牲者を追悼する集会(ブレジネフ時代にそんな集会を開催できたとしてのことだが)に出席して挨拶をしているかのような怯え方である。特攻の記念館で泣く人が原爆の犠牲者には無神経というのでは判断力の一貫性を欠く。思想の左右を問う前に責任能力を問わねばならぬ。首相も大変だよなと同情する。私は以前ほどには、小泉さんの靖国参拝を非難する気分になれなくなっている。

  • 戦後60年の「零のかなたへ」

    この夏から秋にかけて、先の太平洋戦争に関する書物やテレビ番組を色々とみた。最初はNHKで8月に放送された「零戦ニ欠陥アリ ~設計者たちの記録」を観た。装甲が皆無であるとは知っていたが、急降下時に速度を上げすぎると操縦が不安定になるという欠陥は初耳だった。
    ついで「零のかなたへ」なるテレビドラマを観た。現代の漫才師が交通事故のはずみに昭和20年8月の特別攻撃隊基地にタイムスリップするという設定。これまで特攻隊を扱った番組はテレビであれ映画であれ種々の理由で忌避してきたので、映像で特攻隊員の姿を見るのは初めてであった。この物語はそれなりに評判を集めていると噂に聞いたので敢えて観ることにした。
    やはり、「零戦ニ欠陥アリ」の予備知識のお陰か、「それ嘘だろ」と突っ込みたくなる点が多くあった。
    ドラマでは出撃した全員が突入に至り命中してたけど、20年8月の時点で、戦闘機の護衛も無しに特別攻撃機が米艦へ無事に到達できるものかよと思う。制空権なんて全部向こうがもってるのに。実際には米軍機に撃墜される恐れがあるため本土基地での飛行訓練もままならなかったと聞く。あるいは、もともと高速で降下する際の不安定さが最大の弱点であった零戦に、練度の低い操縦士と重い爆弾を積んで敵艦に体当たりさせるって、全員が全員命中するわけないじゃないかとも思う。海面に突っ込んでしまった機体も数多いのではないか。あるいは一直線のコースしか取れないために容易に艦上から機銃で狙えたりとかするんじゃないか。
    出撃間際に米戦闘機が飛行場に攻撃してきたときに、特別攻撃機がそのまま離陸して撃墜するというシーンもあった。タイムスリップした漫才師たちの心情の転機にもなる重要なシーンだったけど、特攻機はそもそも機銃や銃弾は積んでいなかった。計器類に至るまで取り外していたはずだ。ドラマでは爆弾を捨てた形跡もなかったけど(あれば爆発して滑走路に穴があいたはず)、爆弾を積んだまま離陸直後に急上昇して当時の米機に追いつけるほどの出力は零戦にはない。むしろ、急激に機首を上げた場合、失速して墜落する危険のほうが遙かに大きいのではないか。しかもその零戦の機銃弾数発で米軍機が炎上してたけども、装甲の厚い米軍機が零戦の機銃弾が数発当たっただけで爆発炎上するはずがない。そもそも、ろくに飛行訓練もしていない学徒兵が重い爆弾をくくりつけた零戦で米軍機とまともにやり合って勝てるようならね、戦争に負けるわけが無いじゃないか。
    フィリピンで撃墜王と言われた名パイロットが、志願して特攻隊員になり他をも誘っていたという逸話もあった。それってどうなの?残り少ない熟練パイロットを使い捨てるような作戦にそこまで積極的に志願できるものだろうか。俺を捨てるようじゃもう負け戦だと諦めて自分ひとり参加するというのなら分かるけど、他人まで誘うかな。これは嘘だろうとまでは言わないけれど、なんかあり得ないことのような気がする。
    全体に、あり得ないくらい神風特別攻撃隊の作戦が上手くいっていたかのような錯覚を抱かせるドラマであった。隊員たちも体当たり攻撃の成功率に関してはあんまり疑念を持ってないようで、彼らの思索は体当たりが成功して一定の戦果が挙がることを前提として始まっていた。途中で撃墜される確率が例えば9割越えてますよという話になれば、隊員たちももうちょっとドラマには描かれなかったような事をあれこれと考えてたのではないかと思う。史実の上ではどうだったのだろう。隊員のみなさんは作戦の実情をどれくらいご存じだったのだろうか。現場はもうちょっとじたばたした状況じゃなかったのだろうか。そのジタバタをそのまま描いたとて彼らを冒涜することにはならないと思うのだが。こんなお気楽なドラマには、もうちょっと大変だったのだよと、むしろ彼らから時を越えてのクレームが付くのではないか。
    タイムスリップして当時の特攻隊員の身体に入れ替わってしまうという設定で、漫才師たちもだんだんと元の特攻隊員の精神が入り交じってしまって、最終的には特攻隊員として出撃して行く。むろん、そうでもしないと漫才師がいきなり零戦を操縦できるという話の設定が成立しないからしかたない。しかし、彼らが妙に達観して飛び立っていったのも、必然的な帰結なのだろうか。当時の特攻隊員の同僚たちですらそれなりに死を思って苦悶の末に出撃して行く中にあって。私は、現代の漫才師でも十分納得して自発的に特攻へ行けるんですよと、そういうメッセージを番組に読んでしまった。あるいは特攻ってそういうリーズナブルな作戦なんですよと。爆弾かかえて敵に突っ込むって案外と抵抗無くできることですよと。なんかすごく特攻隊員の方々を馬鹿にしたお話じゃないかとも思うんですけど。しかも漫才師だけは突入シーンが無いんだよね。現代人が我が身に置き換えて観るべく配置された登場人物の死ぬシーンだけは描かれない。なんか欺瞞的な気がします。
    それってどうなの?戦後60年に語る物語としてふさわしいの?むしろこれから米軍相手に自爆テロやりますよって人らが戦意鼓舞のために観るのに手頃なドラマじゃないかって気がするんですけど。海外メディアは自爆テロを報じるのに”Kamikaze”の語を常用してるんでしょ?あるいは逆に、元々は「誰だって死ぬのは恐いにきまっとるやろ」とか、「ことわられへんかっただけなんとちゃうん?」とか言ってた漫才師ですら最後には自ら飛び立ってしまうと言うところで、心理操作って恐いよというメッセージを籠めたんだろうか。そうは読めなかったけどな。

  • audi よりもステファニーが欲しいな

    audiを買いませんかというスパムトラックバックが来た。私に言うてるのなら残念ながら見込みを誤ってる。私には宝の持ち腐れだろう。メカニックとしての自動車には魅力を覚えないでもないが、京都市内では車の維持費を考えたら外出のたびにタクシーを使う方が余程安価だ。
    そもそも私は完全なペーパードライバーだ。しかしペーパードライバーだから安い車でいいやなんて思ってると、結局は安い車なんだから大事にしなかったり車庫に入れたまま全然乗らなかったり(だって大事にして重宝に使うんだったら最初から高い車を買えば快適で良かったんじゃないかなんていう後悔がつきまとうだろう)それが事故につながったりして色々と不愉快だろうと思う。車を買うとしたら、ペーパーだからこそアウディかもしれん。
    ちなみに先のコメントで大変羨ましかった人工呼吸器「ステファニー」もこの手の車と同じくらいの価格である。人工呼吸器は医者の私費で買うものではないにせよ、どっちかというとアウディよりもステファニーが欲しいなとは思う。
    このスパムは消しませんが管理不行き届きのお叱りはご勘弁下さい。それと、別にアウディを推奨してる訳ではありませんので(貶してるわけでもないけど)、ご購入の際はご自身の判断とリスクでお願い致します。

  • ER

    昨夜は遅く帰った。眠いのに頭の芯が冷えなくて寝付けず、テレビを付けたらERをやっていた。9シーズン目の初回作らしかった。カーター君がずいぶん逞しくなっていた。ルイス先生が随分と太られた。外科の女医さんが随分と傷心だったがこの人はカーター君と昵懇だったんじゃなかったか?久しぶりに観たので勝手がわからない。何シーズン目まで見てたんだっけか。あの杖をついた女医さんが登場したときに何なんだこの厭な奴はと思ったのは覚えているのだが。
    医学的に考察して彼らの処置がどうよというのは私はあんまり考えてない。お国柄も違うし。例えば私は医者になってからこれまで「Oマイナス10単位!」と叫んだことはない。でも他の番組のように「挿管しろよ!」とかテレビに突っ込んで妻の苦笑を買うことも無い。それなりに高レベルの監修者がついてるんじゃないだろうか。あるいは、ERではなくてNICUだったら突っこみどころも見えるのだろうか。
    この番組では目下の患者さんの処置が終わる前に次の患者さんがやってくる。これは臨床の様子を正確に描写している。この番組で私が最大に評価しているのはこの点である。他の番組みたいに拗れた患者さん一人に尽きっきりになってても他の仕事が滞らずに済むってことは、実際にはあり得ない。

  • 吸引は意外に苦しい

    超低出生体重児の気管内吸引(痰の除去)につかう吸引カテーテルを、試しに口にくわえてみた。ヒュッ、と口の中から空気が吸い出される。胸の中からまで空気が吸い出されるような感じ。意外に苦しいものだ。手早くやるようにしないと赤ちゃんもあれは辛いだろうと思う。
    口にくわえてサイドホールを開いたり閉じたりしてみる。手元のサイドホールを閉じるとカテ先に吸引圧がかかる。指を閉じるタイミングと口の中に陰圧がかかるタイミングの差をはかってみる。このタイムラグを意識したほうが効率よく優しく吸引ができるだろうと思う。何事も知らないよりはまし。

  • 学会

    今年も重症心身障害学会へ出席してきた。
    相変わらず不器用な運営をする学会である。客席では飲食禁止の会場でランチョンセミナーをやろうとする。当然に昼飯返上セミナーになる。用意された弁当は終わって出てくるところへ配布することになる。それをみんなで食べ出すから午後1番の会頭講演ががら空きである。
    そうはいってもランチョンセミナーはForrest M. Bird先生の講演だから会頭講演よりも優先である。彼が開発した人工呼吸器「バード」の名前を聞いたことのない小児科医など居るまい。でも古い人の回顧話ではなくて、パーカッションベンチレータの原理を離して行かれた。いまだに最新式の開発に取り組んでおられる。1921年生まれだというからいま幾つだよ。お若い頃からパイロットでもあるという。零戦と空中戦した世代である。
    昨年は旭川で台風にあって大変だったけど、今年の新宿も疲れた。長崎で生まれ京都で勉強して神戸で研修してという経歴だと、風景のどこかに山が見えないと方向が掴めない。東京の道は奇妙にまっすぐな人工血管みたいな道かあるいは無軌道に増殖した悪性腫瘍の新生血管みたいな細く入り組んだ道かで、人が通りやすいところを通りやすく歩くうちに踏み跡が次第に固まっていったような歴史が感じられない。当然に迷う。まあ新宿と参宮橋をちょろっと歩いただけでそこまで言うかとは自分でも思うけども。四条烏丸と北野白梅町周りとをちょろっと歩いただけで京都の道路事情を云々するようなものだよね。
    でも中央線の快速と各駅停車の路線が違うというのはあんまりだと思う。
    今回の目玉は学会じゃなくて、自分が喋ることになった講演のほう。都内のNICUで「NIDCAPってTEACCHだよね」という話をした。関西でなら笑いが取れるはずの間合いでも誰もくすっとも笑ってくれないのには参った。内容が外れでみんな怒っていたのだろうか。歴史の深い施設だからこういうお話を受け止める懐の深さはじゅうぶん備えているはずなのだけれども。

  • 鳥人間コンテスト

    人力飛行機部門で優勝した日大チームの機体は、最終的にギヤが折れてペダルからプロペラへ動力が伝わらなくなり着水を余儀なくされた。悔し泣きするパイロットを、よくやったじゃないかと周囲が慰めていた。いや彼は自己の非力さに泣いてるんじゃないですからと、見ていて歯痒く思った。不良部品を載せてしまった制作陣が自己批判もせんと、パイロットがもっと気合い入れれば35キロとか50キロとか飛べたのにと言わんばかりの脳天気な慰めことばを吐いてるのは、そりゃあ後の反省会で真相を知って青くなるんだろうけれども、みていて滑稽だし物悲しくもあった。