労働法制見直し始動 一定年収で残業代なくす制度も提案
年収400万円以上の人には残業手当を払わなくていいようにしましょう、ってねえ・・・絶句。
経団連というのは恐ろしい組織なんだなと見直しました。すごいですね。真面目に「悪の組織」を目指してるんですかね。そのうち、従業員のサイボーグ化を合法化しましょうとか言い出すかもしれませんね。
こういう面々が虎視眈々と、医療の「市場」を狙ってるんですね。
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経団連ってのは恐ろしい組織だよなと思った
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京都新聞さん悠長すぎますよ
昨日(2006年7月1日)京都新聞のコラム「凡語」にて、「産婦人科の減少」が論じられている。曰く、筆者の奥様が妊娠中、分娩予定日まで2ヶ月近くあるのに陣痛が始まってしまった。
出産予定日まで、まだ二カ月もあったはず。運悪くその日、連れ合いの母親は外に出かけていた。予期しない突然の出来事に、義父はタクシーを呼び娘と乗り込んだまではよかった。ところがどこに産婦人科の病院があるのか分からない▼タクシーの運転手さんの機転で、近くの病院に運んでもらい事なきをえた。義父の困惑ぶりは後で連れ合いから知らされた。もし、あの時、周辺に適当な産婦人科の病院がなかったらと思うと、ぞっとする
という状況だったそうで、帰省中のこととて、ふだん妊婦健診に通っているかかりつけ産科に駆け込む訳にもいかず、さぞお困りだったろうと拝察する。
受け入れた「近くの病院」も奇特な病院だと思う。予定日までまだ二ヶ月もあるっていうとだいたい32週前後とすれば、生まれた赤ちゃんのためにNICUが必要になる。お母さんの身体にも普通のお産にはないような合併症が生じている可能性がある。ふだんから健診などで既知の妊婦さんならまだしも、こういうハイリスクな母子を飛び込みの緊急で引き受けるには、それなりの実力と覚悟が要る。
どれくらいの実力や覚悟が要るかというと、おそらく現在の京都府北部にはこの母子を緊急で引き受けられる施設は残っていないくらいである。府北部では医師の退職などで、市立舞鶴市民病院が二〇〇三年六月から、舞鶴医療センターが今年二月から産婦人科を休止。京丹後市立弥栄病院も四月以降、分娩(ぶんべん)受け入れを休止した。
舞鶴市内の病院では福井県や宮津市からの来院もあり、年間約千件の出産を扱ってきたが、現在、分娩を受け付けているのは舞鶴共済病院と民間開業医の計三病院のみ。「受け皿は満杯。近隣を含め、さらに休止する産婦人科が増えると受け入れが難しくなる状態」(舞鶴医師会)という。
京都新聞 2006年(平成18年)6月17日掲載「産婦人科の医師不足続く中 高まる助産師の役割 舞鶴医療センター外来、妊婦ケア好評」よりこれも京都新聞の記事なんですけどね。昨日の論説では、どこか遠くの土地で産科医が減っているかのような、他人事じみた論調なのだが、実際はお膝元の京都府下で、産科医療の崩壊が始まっているのである。京都新聞のこのコラムをお書きになった記者の方は自社記事をお読みになっておられるのだろうか。もうちょっと我が身に引きつけて、自分の問題として考えて貰えたらよいのにと思う。「あの冷や汗を味わわせない知恵がいる。」と結んでありますけどね、その知恵は君も出さないといけないのだよ。子供のおねだりじゃないんだからね。
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産科はハイリスクでスーパーローテート研修もまともにできない
スーパーローテート制度になってから産科の入局者が減ったとか何とか。
うちの小児科でお預かりしてる研修医姉は、産科ローテートを振り返って
「何もやらせて貰えなかった・・・・」と仰ってます。
「君たちの労働力には何も期待していない」
「君たちにやらせる仕事は何もない」
明言されたそうです。
ほんとに何もすることがなかったそうです。
だったら他の病院にでも出してくれと願い出ても、
院内にいるようにと指示され、足止めされていたそうです。
私が将来を思案中の研修医なら、そんな扱いする科には行かないけどな。
これだけ産科医療がリスキーになってるご時世に、ひよっこに要らぬ手を出されてトラブルの元を作りたくない。ええ、当然のリスク管理だと思います。リスク管理ってのはすなわち、安全の代償としてどれだけの不便を甘受するかってことですから、そこはそれハイリスクのお産ばかりの大学病院産科のこと、「研修医にいっさい手を出させないという不便」を甘受することで、医療の安全性をより高める方針なのでしょう。
でも、スーパーローテート研修医に、将来に産科へ進む気を無くさせる(あるいは、最初から産科を選択肢にさせない)というのは、甘受するにしても高い代償だと思います。すごく利率が高い借金であるように思えます。払うのは将来の産科医局ばかりじゃなくて、将来の妊婦さんや赤ちゃんたちにのしかかる借金だしね。 -
夜を行け
路上教習2日目。夜の烏丸通りを南下、丸太町で東へ。実は新生児搬送ではよく走るコース。また京都第二日赤病院への道でもある。なにせ左手は御所の垣根が続く道。商店でも住宅でもなく、路上駐車が比較的少ないので緊急車両は飛ばしやすい。
しかし緊急灯もサイレンもないってのは辛い。辛いって普段救急車を運転してる訳じゃないんですがね。でも、けっこう路上教習者に対して世間の人は優しいような気がする。予想以上に、道を譲って頂くことが多い。妻に言わせれば、それは逃げてるだけだと言うんだが。救急車に対してもこれくらい道を譲って頂ければなお有り難い、とか、そういう嫌味を言ってはいけませんね。
今日の先生も穏やかな人で、私の酷い間違いもいちいち感情をこめず指摘してくれるので楽だった。権威側が負の感情を表に出さないのって結構大事なんだなと思う。今後の診療にも教訓になりそう。
世間話のついでに職業がばれてしまって、学科教習の応急処置の時間が免除されることになった。いや、どんなことするんだろうと思って興味津々だったんですけどね。先生のほうで勘弁してくれと仰る。いやあ小児科ですからそう分かってる訳じゃないんですよと申しあげたんだが固辞された。ふだん私が心肺蘇生してる患者さんは体重3kg止まりだし多発外傷も負ってないんですけれども。でもそれ以上言うと自分がどれだけヤブかを誇示することになりそうで、なんだか引っ込んでしまった。残念なような。
でも免除のための正式手続きには医師免許を見せなければならないらしい。あんな大きなものどうやって持ち歩こうか。それなりに貴重なものだから折り曲げたくないし。
路上教習3時間終了。仮免許失効まであと167日。 -
路上教習初日
午後のオフを利用して路上教習初日。曇天の午後3時から5時。
18年前に初めて教習に通ったときに比べて、教える態度がずいぶん丁寧になったように思った。面倒くさいし医師という職業は明かしていないのだが、それでも20歳そこそこの若造よりは丁寧に対応して頂いたのだろうか。こんな歳になってという多少の哀れみも込めてではあるが。それとも教習所という業界もまた、我々医療の業界のように、無神経で尊大な態度というのが次第に駆逐されつつあるのだろうか。ふつう、同じ人間が2回3回と通うところではないので、業界外からそういう傾向と対策を観察している人は稀なんだろうなとは思う。
まともにAT車に乗ったのは初めて。停止の時にクラッチペダルを踏まなくてよいだけで随分と楽だ。昔はMTのマーチに乗っていたのだが、こんな楽なら当時からATにしておくべきだった。ただエンジンブレーキの効きが弱いのには戸惑った。アクセルを離しても期待通りに減速してくれない。逆にアクセルをちょっと踏むと急発進する。これはATがどうMTがどうというより、10年間での加速性能の進歩なのかもしれない。そんな危険なめには遭わなかったものの、AT万歳というわけにはいかなかった。まあ、慣れなんだろうけど。
速度の感覚はけっこう憶えていた。状況判断については色々とアドバイスされた。その言い方の一つ一つが、落ち着いた口調で分かりやすい言葉を選んでのもので、18年前とは隔世の感があった。たった18年では人間そうそう丸くはならないものだし、やっぱり業界の方が丸くなってるのだろう。ただ、頂いたアドバイスは昔の自分でもとうてい出来ていなかったことばっかりではあった。こんな車の多い道を走ったことないもの。湖西の、対向車もたまーにしか通らない見晴らしのよい道を高島から今津までかっ飛ばしてたくらいで。
先日の駐車違反の取り締まり強化が僥倖だったと思う。路上駐車の数がかなり減っている。新生児搬送にも有り難いことだが、教習にもかなり有り難い。
仮免許失効まで、あと168日。 -
女医さんがいっぱい
いまのNICUは女医さんだらけ。NICUで実働する男性は実質的に私だけのような気もする。部長や顧問の先生は常在って訳にはいかないし。
若手も、新しくこられた女医さんも、スーパーローテートで京大から来た先生も、みんな女医さん。女医さんが働きやすい環境と世間では言うが、うちではもう、私のほうが女医さんに働かせて頂く環境となりつつある。
私は研修医時代から女医さんに囲まれて育ったようなものだ。初期研修で同期の小児科研修医は3人で、私以外は女医。後期研修で赴任した先の小児科常勤医は3人、上司は2人とも女医。この後期研修で彼女たちに教えられて一番驚いたことが、医者にも「定時に帰る」という概念があるのだということだった。それはともかくも。
別に定時に帰るのは全然構わない。この子はこれこれだから宜しくと、病態分析と治療計画をきっちりカルテに書いてあれば、時間外のカバーはそれほど苦にならない。他人に任せられるだけの態勢を整えたうえできっちり任せるというのも、主治医の責任の取り方のうちだと思う。なにも、ずるずるべったりに24時間365日つきっきりになることだけが主治医の理想ではないと思う。 -
PIダブル、肥後守、その他
今日は休みだと思って朝寝していたら呼び出し。超低出生体重児に点滴がとれないから来てくれとのこと。起きて顔を洗って出向いてみる。若手が憔悴しきって出迎えてくれる。当直明けの早朝に超未熟児の静脈ラインが潰れたりしたらたしかに私でも憔悴するだろう。うら若い女性に外観がやつれてるとは言いにくくて、言葉に詰まったまま処置に取りかかる。まあ、私が朴念仁なのはもう分かってることだし。私だって起き抜けの酷い顔をしていただろうし。
500g程度の赤ちゃんだが、今日はなんだか失敗する気がしなくて、じっさい一撃で入った。不安を感じないくらい寝ぼけてたんだろうか。客観的に考えれば、若手が失敗してたのは「入る静脈を見つける」ことだったのだが。私が足首の血管を浮き上がらせてみせたら、彼女もあっという顔をしたし、たぶんそれは分かっただろう。でも今さら譲るには彼女の消耗は度が過ぎていた。
PIカテーテルのピールオフ針を初めて使った。ロングカテーテルに付属のこういうピールオフ針は、サーフローやアンギオキャスといったショートカテーテルに比べて、先端のカッティングが粗雑で使いにくい。今回はPIのダブルルーメンを入れる必要があって、PIもダブルだと24Gのサーフローには通らないから、仕方なく、怖々とピールオフを使ってみた。結果的には成功したし、以前使った時よりは使いやすくなったような気がしたけれど、まだまだ改善の余地はあるように思う。
カテ先の位置をX線で確認してから帰宅。今度は家族揃ってニックホビーショップへ行く。けっこうNICU業務に使えそうなものも売ってある。ただ、こんなものがあればいいなと搬送中なんかの急場に思いついても、急場のこととて数秒後には忘れてるから、実際に店に来てみると、なんとはなくものを買いそびれてしまう。
カッターナイフの陳列棚に「肥後守」が売ってあった。子供の頃にはこの小刀で鉛筆を研いでいた。懐かしくて買ってしまった。一本500円。子どもの頃は100円で買った記憶があるのだが。ただ昭和50年代にはもう肥後守なんて年配の先生が思い出話に語るだけのもので、実際にそれで鉛筆を研いでいたのは私くらいだった。
息子に鉛筆を研いでみせたら、ひょいと鉛筆削り機を寄越してくれた。親切といえば親切なんだけど、父がナイフで研ぐのにこだわっているようだとは推測できなかったらしい。
左手の薬指と小指で鉛筆を保持し親指で刃を固定するわけだが、片手のなかに二つの物体を保持して別々に操作するってのは器用に手を使うということの第一歩なんだけれどもね。何とはなく、未熟児の下顎と喉頭鏡を左手だけで各々操作することにも通じてるような気がする。 -
起訴が妥当か
明石歩道橋事故、元署長ら3度目「不起訴」…神戸地検
当直明けに読売新聞で読んだ。社会面では遺族の皆様の不満の声が大きく取り上げられていた。その取り上げられ方が大きくて、なんだか読売新聞は「不起訴の決定はこの遺族の声を無視しているから不当だ」と主張しているかのように感じられた。
常に不慮の事故と隣り合わせの商売柄、起訴不起訴の決定を遺族感情で左右するのってどうなのとは、我が身に引きつけて、ちらっと考えた。遺族がお怒りだから起訴と決められては医療紛争は片端から刑事事件になるから。やっぱりそこは是々非々、捜査のうえで得られた証拠などから客観的に判断して、業務上の過失があれば業務上過失致死傷なんだろうが、過失がなければ不起訴にするのが当然だと思った。いや、実際の捜査内容がどうだったかは分かりませんから、今回の不起訴が結論として妥当だったのかどうかは申しませんけれどもね。捜査してみて、どう見てもこりゃあ罪に問えんぜと思ったのなら、でも被害者の声が大きいから起訴しないわけにもいかんし・・・という逡巡はしないもんじゃないかなと。
検察ってどういう立場に自らを置いておられるのだろう。ある程度は遺族や被害者と距離を置いて、「社会正義」の損なわれたところを修復するべく活動されておられるのか、それともとことん被害者の代弁者として加害者側の弁護士と対立するのか。慣れない法律談義で言葉に苦労してますが、なんと言いますか、彼らのこういう起訴・不起訴の決定とか、起訴した上での求刑とかが、それなりに「こんなところがお天道様に恥じないところじゃないでしょうか」と中庸を得ようとしているのか、あるいは中庸を得るのは裁判官の仕事と割り切って、彼ら自身はとことん加害者を厳罰に処そうとしてるのか。大野病院の事件をみてると、段々と後者のほうへ舵を切ってるんだろうなと思っていたのだが。
しかしね、よく記事を読んでみたら、この人らの部下は起訴されてるんだった。
なんだか複雑だ。この人らって、医療事故の現場にいたスタッフではなく、院長やら理事長やらの立場にいた人じゃないか。
実は県立大野病院事件で報じられた、同院の院長先生の行動にはかなり腹立たしい思いをしている。手術開始の1時間後には院長先生は手術室に入っていた。そして「加藤医師に、ほかの医師の応援を頼んではどうかと提案している。加藤医師の返事はなかったという。」ということなんだが・・・・私の正直な感想としては
あんた医者だろ?院長だろ?子どもの使いじゃないんだろ?
応援が必要だと思ったら自分の判断で応援を呼べよ。輸血だって院長の権限で20単位だって30単位だって発注しろよ。手術室からふらふら出て行かんと医者ならその急場で何かすることないのかよ。せめてご家族を放っておかず院長の立場で状況説明しておけよ。「予期せぬ出血から救命しようと主治医は懸命に手を尽くしております」とか、この時点で申し上げてあったら、加藤先生に対するご遺族の感情も違ったものになってたかもしれないのに。
最近拝読している「医療崩壊」(小松秀樹著・朝日新聞社)に、下記のような一節がある。自治体病院長の任命権は首長にある。自治体病院長はしばしば首長に近づき、友人となる。一部の自治体では、院長になるための追加条件がある。たとえ無茶なものであっても、患者の要求をそのまま医師に要求できる能力を持つことである。病院長が一方的に患者の立場に立つことは論理的にあり得ない。それは、病院の立場を放棄することで無責任と言わざるをえない。患者の言い分を十分に聞いて理解し、病院の立場から責任を持って誠実に答えるのが院長の役割である。しかし、自治体病院で、首長がきもいりで政治任命した病院長は本当に患者側に立ってしまうことがある。患者の立場に立つ態度を院長があらわにすることを首長は喜ぶ。票になるからである。ところが、院長は自分で診療することが不可能になる。自分の要求することは自分の能力ではできないからである。あるいはリスクを伴うという医療の本来の性質と矛盾するからである。患者の立場に立つ院長はクレームの責任を現場の医師に押し付けようとする。現場の医師は、支えてくれるはずの院長が患者と一緒に無茶な要求をすることに驚愕する。かくして医師は士気を失い、病院を去る。(p168より)。
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自分がトラブルシューターであるということを常に意識する
うまくいったお産には私たちは呼ばれない。
それを忘れてはいけないと、肝に銘じる。
私たちが呼ばれるのは、「うまくいかない可能性が他より高いお産」「現実にうまくいってないお産」「お産そのものはうまくいったけど赤ちゃんの様子が何かおかしいお産」、いずれにしても、トラブルの要素が何もない限りは新生児科の出る幕はない。
街に私の知らない子がどれだけ歩いていることか。いや、偉そうに言いますけど、京都市北部でお産にトラブルがあったときに私の顔を見る確率ってけっこう高いんですよ。でも、例えば新聞の「お誕生日おめでとう」みたいな赤ちゃんの顔写真記事を拝見するたび、毎日こんなに俺の知らんところで赤ちゃんが無事に生まれてるんだなあと、変な感慨にふけることもありまして。
お産のトラブルで産科の先生に呼んで頂くと、つい、「非道いお産しやがって」と産科の先生を責めたくなることがある。呼ばれるたびにひどいトラブル起こしてる云々。でも、と考えてみる。トラブルがないと私たちは呼ばれない。呼ばれるたびにトラブルがあるのは理の当然なのだ。
それに、死産でも私たちは呼ばれないはずだ。彼らはあくまでも、私たちの到着まで赤ちゃんたちの生命を維持した「功労者」なのだという視点も、また、必要だと思う。その視点が足りないと、産科と小児科が仲が悪い云々という情けない事態を巻き起こす。
私たちが呼ばれたトラブルありの分娩1件の陰に、私たちの手に触れないトラブルなしの分娩が100件も200件もあるいは1000件もあり、その全ての分娩を拝見して居れば、おそらくは、私がいま産科に対して抱いている感情よりも、はるかに、私は産科に対して好印象を抱くことになるだろうと思う。そりゃあね、三宅廉先生を追い出すなど京都の周産期はことさら暗黒の歴史が長いんですけどね。でも、たぶん、産科の連中は私が思うよりもよい仕事をしているはずだ。 -
自動車学校へ入校
当直明け。NICUは平穏であった。外来も数名拝見したが、明け以降に引っ張る重症例は無し(無いはず・・・あったら誤診だ)。当直の夜は、その夜が締め切りの仕事がない限りは「強い意志をもってひたすら寝ておく」ことを信条としているのだが、今回は拍子抜けした。めでたいことではある。
朝から休暇を頂いて自動車学校へ。今後は余暇に片づけるつもりだが、入校の日だけは土曜日の午前中と指定されたのでしかたない。NICUが平穏であるのが返す返すも幸運であった。がさがさと採血して申し送りして、8時半に病院を出る。朝日が眩しい。
入校は、諸々の仕組みの説明を1時間聞いて、次の1時間で適性テストみたいなのをやっておしまい。教習の仕組みは複雑である。法律でそう決まってますという文言が何回も挿入される。どの業界も堆肥のように過去の行政指導が積み重なって独特に発酵していると見えた。適性テストでは「私は我慢強い」○か×か?みたいな他愛ない質問に混じって、幻聴の有無をストレートに訊く質問が素知らぬ風で挿入されたりして驚いた。
今は教習も空いているとのことで、次は水曜日の午後に2コマ連続での路上教習が予約できた。そんなに体力気力が持つのだろうかと後になって心配ではあるが。大学が夏休みにはいると混み出すから予約がなかなか取れなくなるんだそうだ。そういえば私も夏休みに取ったしな。
でもまあ、全国探しても自動車学校に常勤医が通ってるNICUってうちくらいだろうな。
「運転免許」タグの記事に関して「ほんとはヒマなんじゃないの?」という意地の悪いつっこみは無しってことでひとつよろしくお願いします・・・ええ、今はほんとにヒマなんですが。
