移動に関しては息子はあまり困らせません。多動や衝動性はほとんど無いので迷子や飛び出し飛び降り系の事故を起こしたことがありません。むしろ1人で行動できなくて単独通学が難しいくらいです。一度行ったところは大抵憶えているらしい様子が見えますが、初めてのところでもパニックに至ることはほとんどありません。
今回の長崎行きは寝台特急「あかつき」を使ってみました。息子はB寝台の枕元のランプなどの設備を一通り確認して、トイレの行き方も確認して、あとは窓からひたすら外を眺めていました。真っ暗な夜の眺めの何が面白いのだろうと思いましたが、彼は電気機関車のマニアなので、貨物列車が頻繁に通る夜間の眺めはたいそう気に入ったようです。ついでに鉄道用の信号について系統的な知識を何処からか仕入れていて、4燈式だの5燈式だの中継信号だのと、信号を見るたびに喜んでいました。注意とか徐行とかと言っていたところをみると、どうも鉄道信号を読めるようです。
ふと夜中に目を覚ましてみると、午前3時でしたが、先に寝入ったはずの息子がいつの間にか目を覚ましていて窓の外を見ているので、寝ろと命じてブラインドを下ろしました。少々開けておいたのが失策でした。でもまあ、ここでパニックを起こさず素直に寝るのは、自閉症児としても扱いやすいほうなのだろうなと有り難くはありました。
諫早駅で下車したあと、改札とは反対方向を指さして「赤」と言うので、何かとおもったら、機関車を間近で見たいというのでした。客車は青塗りですが機関車はEF何とかいう赤い色の電気機関車でした。娘と3人でぞろぞろと機関車を見に行きました。車掌さんが怪訝そうにこちらを見ておられました。近くに寄るとさすがに大きくて強力そうですね。でもこんなものの何が嬉しくてマニアになったのだか、今ひとつ理解できません。
帰りは兄妹二人で飛行機を使って帰ってくる予定です。「ジュニアパイロット」とかいうのを利用します。伊丹長崎間は乗り換えもなく1時間ですし搭乗口で送り出してしまえば迷う余地無く目的地へ着きます。
月: 2004年8月
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自閉症児の移動
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帰省
2日間休みを貰って長崎の実家に帰省してきました。それ以上留守にすると後の当直日程がどんな詰み方するか空恐ろしい。来月には重度心身障害学会でまた留守にしなければいけないし。
JR長崎本線のディーゼル車はついに乗るときに整理券を取るシステムになっていた。なんか汽車がバスみたいだ。本川内駅はスイッチバックではなくなっていた。通っていた高校はサブバッグが自由化されていた。いろいろ変わってますね。
汽車と電車について–長崎の人間に、電車で京都へ帰ると言ったら、電車は赤迫までしか行かんとに・・・と無用の心配を掛ける。彼の地では電車とは路面電車のこと。この汽車と電車の区別も今は曖昧になってきているのだろうか。
長崎の陽射しは夕暮れ時に洗って干したTシャツが翌朝には綺麗に乾いている。お天道様だけは変わらないね。こうでなくちゃ。京都は照りもしない癖に無駄に暑い。 -
妊娠中絶に関して
あちこちのブログを読ませていただくうち妊娠中絶に関して論じておられる牧師さんのサイトを拝見しました(トラックバックすればいいんでしょうけど、トラックバックURLが正しくないとかいってサーバが受け付けてくれませんのでリンク)。普段心の底にわだかまっている問題に関しては、不思議に吸い寄せられるようにその問題を扱うサイトに行き着きます。
我が心の善くて殺さぬにはあらず、を座右の銘としています。中絶を選ぶ当事者のモラルを問題にするのは現時点では有効な解決策ではありません。単純に中絶を禁止したらどうなるかはルーマニアという国に惨憺たる実例があります。
単純規制はもっとも愚な対策です。堕胎しなくてもすむシステム作りってのが不可欠です。中絶の大半が経済的理由をもって行われている現在、解決策のもっとも有効な道は「お金をかけること」じゃないかなと思います。 -
法医学教室の思い出
高校の頃は、名の売れた学者になる、と思ってたんですけどね。
一流の研究もして留学もして、って。青雲の志ってやつ。
着々と勉強して、一流と言われる(京大って一流だよな?)医学部に入りました。
4回生の時、自主研究というカリキュラムがありました。
2ヶ月間の時間を与えるから好き放題なことをやってこいっていうもの。
夏休みに引き続く時期でしたので、休暇を返上したら4ヶ月の時間になります。
どこの研究室でも(臨床でも基礎でも)迎え入れてくれる。留学に生きたきゃ旅費は出さないまでも紹介状くらいは書いてやる、なにもしたくなければ無銭旅行してでもかまわない。何をしたとて特に成績に反映する訳じゃないけど・・・というもの。今もやってるのかな。 -
「さとうきび畑の唄」を娘と見ました。
「さとうきび畑の唄」を最後の約1時間だけ見ました。昇君と父が語り合っていたシーンから見始めて最後まで。
夏休みで遊び疲れて夕寝をしていた娘が起きてきたので一緒に見ました。 -
シアトルブルーウェーブ
イチローは打率トップ、なのにマリナーズはまた負けてしまった。
けっきょく向こうでもこうなってしまうのね。
彼自身は絶好調なのにチームは低迷していく。
どうしてこうなってしまうんだろう。
何年連続で首位打者になっても記事の扱いは小さくなっていくし。
実は彼と誕生日が同じなので勝手に親近感も持っています。
妻に言わせれば、イチロー・石橋貴明・私と並べて、この日に生まれた奴は性格の悪いのばっかり、だそうですが。俺もあんまり周囲をもり立ててNICUを活気づかせるタイプじゃないしね。 -
MRSAの伝染性膿痂疹
先週末から外来でフォローしてました。
いわゆる「とびひ」は小児科の夏の風物詩ではありますが、起因菌がMRSAでした。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌ってやつ。ついにこの日が来たか、という感じでした。別に広域抗生剤など使ったこともない極く普通の乳児のとびひからMRSAが検出される時代になりました。
途方に暮れましたね。
それだけ世間にはMRSAが蔓延してるって事でしょうね。これだけ広域抗菌剤が無闇やたらに処方される時代ではね。夜間に救急外来にお出でになって「近所の先生からこの薬を頂いたんですけど熱が下がらないんです」と仰る親御さんから薬袋を拝借して中を覗いたらまあ出てくるわ出てくるわ、セフゾンのフロモックスのメイアクトの、ちょっと気を利かせたつもりでジスロマックの、もう最新の抗生物質がただの夏風邪に片っ端から処方されてます。その挙げ句、世間の黄色ブドウ球菌や肺炎球菌やインフルエンザ桿菌が、じわじわと抗菌薬への抵抗の仕方を憶えて行きつつあります。
世間のお医者さんに申し上げたい。発熱患者全員に自動的に広域のβラクタムを処方するのはもう止めましょう。咳と聞いたらマクロライドの処方を書くってのももう止めましょう。効かなくなる頃には新しい薬が出るさなどと、同級生をおもしろ半分にぶち殺す中学生みたいな見通しのない精神性を発揮するのはもう止めましょう。片っ端から新薬を作って売って儲けるだけの製薬会社に丁稚扱いされるのはもうプライドにかけて止めましょう。
それともう一つ、言いたいことがあります。 -
「まだ人間じゃない」P.K.ディック ハヤカワ文庫SF
近未来のカリフォルニア。妊娠中絶に関する法律が改定を重ねて、12歳まではまだ人間じゃないってことになっていて、両親がこの子は要らないと言ったら行政のトラックが連れに来るってお話。30日間養親が現れないか待って、引き取り手がなければ殺してしまいます。
檻付きのトラックが音楽をならしながら街を走り、申し出のあった子供を捕らえていきます。子供たちは次に連れて行かれるのは自分じゃないかと怯え、連れて行かれた友人について語り合い、トラックを襲撃する空想も語り合います。夕刻になっても、ひょっとして今日こそあのトラックが自分を待って居るんじゃないかと怯えて帰る足がのろくなります。
ちなみに、12歳までの子供が人間じゃないのは、代数ができないからだそうです。
こんなくそったれな国とはおさらばだと、主人公の少年の父親はカナダへの移住を口にするのですが、経済的な理由から二の足を踏んでいます。行きたいねえ、といいながら結局は行かないってことが分かってる、というまるで進歩のない結末。
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P.K.ディックが書き続けたのは、こういう八方ふさがりの状況に置かれた、あまり立派ではない男たち(敢えて言えばクズ野郎)の姿です。たぶんにディック本人がクズ野郎だったんです。生涯に5回の結婚離婚を繰り返し、薬物を濫用し、プロットの破綻したSFを次から次に書き続けた男です。
作品の有名どころでは、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」これはリドリー・スコット監督の名作「ブレードランナー」の原作となりました。「トータル・リコール」の原作になったタイトルはなんだったかな。新潮文庫の「模造記憶」にでてたんだけど。最近も何か彼の作品が映画化されてましたね。
自分の見ている現実が本物なのか?という仮想現実がらみの設定をよくするので、最近バーチャルリアリティという言葉の発音をビジネスオヤジやマスコミ心理学者が憶えた時節から急に注目を集め始めた作家ですが、彼が書いてたのはそんな高尚なお話ではなくて、クソったれた状況でなんにも出来ずにぐずぐずしているクズ男たちの姿です。
要するに君や僕みたいな人の痛いところを突きまくってあるのね。どれを読んでも自分のことを書いてあるような気がしましてね。げんなりしながら読み続けています。
