投稿者: yamakaw

  • 大きなお世話

    WindowsXPのサービスパック2でアップデートしたら、デフォルトのブラウザとかな漢字変換ソフトが変更されていた。MozillaからIEへ、ATOK17からMS-IMEへ。何の断りもなく。大きなお世話である。早速元の設定に戻した。
    頻繁に使うソフトの設定を変えようと思ったら、ユーザにせめて一言くらい断りは入れるもんだと思う。他社製品をお使いのようですが弊社でもちょっと頑張ってまして、これを機会にご検討を、とでも言ってくれたら、まあ考えてもみようかと思うのだろうけど。

  • Lyricoさんの新しいアルバムがCCCDだった

    5月に出てたのを今まで知らなかったのだからたいしたファンじゃないのかもしれないけれど。
    でもねえ・・・・
    何でCCCDなのよ。
    そんな欠陥商品買わないよ。

  • 犬や猫なら65万件

    先日、子猫が死んだ折りに、「虹の橋」という物語をご紹介頂いた。心温まる物語だった。
    そのHPに、「我が国では年間約65万頭もの捨て犬や捨て猫が、安楽死され「処分」されている現実があります。」との記述があった。
    現実。
    我が国での人工妊娠中絶は年間に約33万件、という数字を思い出した。

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  • イチロー・銀行

    昨日のニュースの主要なところはイチローの国民栄誉賞辞退とUFJ銀行の東京地検による強制捜査。
    あんまり意外性のないニュースだ。
    イチローが国民栄誉賞を貰ったなんてことがあったらそっちの方がよっぽどニュースだ。
    3年前に辞退したときも、野球人生が終わるまでは要らんと言われたのに、たった3年でまた賞を出そうって、なんかイチローに失礼じゃないか。人の言うこと聞いてるのかな。それとも、やっぱり政府も「たかが選手」って思ってるのかな。
    東京地検がイチローに国民栄誉賞を強制授与、ってんならニュースだな。
    UFJ銀行が強制捜査を辞退、ってのは、まあ確かに辞退したいだろうなと思う。
    台風に関しては形容詞が尽きてきたようですね。
    今度は「最強の台風」。
    いしいひさいち氏の表現を拝借すれば、「今年の台風は吉本の一発ギャグ芸人ばっかりか!」ってところでしょうか。
    あんまり迷惑にならないと良いんですけど。

  • 丸善に行ってきました

    先日の水曜の午後はOFFでした。「小児内科」のバックナンバーを買いに丸善へ行ってきました。なぜか今年は年間購読予約を何となくし忘れてました。今さら・・・とも思って読みたい特集の載っている号だけ買うことにしました。
    いわゆる書籍扱いの医学書はアマゾンで買いますが、「小児内科」バックナンバーはまだ取り扱ってないようでした。発行元の東京医学社ウェブサイトでも通販できますが送料がかかる上に代引きです。手間が辛い。
    大抵のお店は危険物持ち込みお断りですが京都丸善では柑橘類も危険物と見なされます(嘘です)。店の一角に文庫本で「檸檬」を平積みにしてあるところが、ベタベタにお決まりで良い味出してます。「当時の本店」みたいな写真も出ています。丸善がやることは何でも上品に見えます。でも、どういう展示でも、梶井基次郎氏は顔写真をなかなか出してもらえないなあと思います。彼の容貌はあんな繊細な文章を書く人には見えないんですよね。ゴリラそっくりです。
    丸善京都店6階は医学書とコンピュータとその他諸々の書籍フロアで、私には天国のようなところです。店員もいかにも丸善の店員という上品さで、きっちり黒の背広で決めて物腰も丁寧です。ワイシャツに「フロムA」のロゴの入った黄色いエプロンを付けていたりはしません。
    コンピュータ関連の書籍売り場にも久しぶりに行きました。昨今はこんなのが流行ってるんかというのが背表紙の配分から読めて良いです。たまには実物を手に取ってみるってのも有意義だと思います。実物を手にとって考えておもむろに帰ってアマゾンで発注したりもするんだけど(家まで持って帰るの重いしね)。山形浩生さんが翻訳された書物も何冊か、これまで知らなかったのがありました。この人が絡んだ本は大抵面白いので読むことにしています。1冊買ってきました。アマゾンばっかりじゃなくてリアルの本屋もたまには良いものだと思います。
    他のフロアも、例えば2階の文庫本のフロアにしてもその整然とした風格が一般の書店と一線を画しています。文庫本だけが静かに並んでいて、控えめだけど美しい感じです。装幀が統一されている文庫本がきちんと棚に収めてあると、その背表紙のリズムだけでかなり美しい展示になるものだと思いました。出版社が販促目的に送りつけてくる旗や垂れ幕やシールの類も見あたらなかったように思います。探せばあったのかな。
    「小児内科」はお目当ての特集号がほぼ揃っていて、きっちり買い込んできました。「ほんとにこれだけ読むんかい」という妻の冷たい視線を予想しながらの帰り道でした。

  • コメントにするには文字数が多すぎるとサーバに叱られた

    従うしかないのかに対するコメントに対して返事です。まずOctさまとスミさまへ。

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  • 従うしかないのか

    文句を言うなと言われてもに対して頂いたコメントへの返事です。長いので投稿にしました。

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  • When Bad Things happen to Good People

    When Bad Things happen to Good People  
     邦訳 「なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記」 H・S・クシュナー著 斉藤武訳 (岩波書店 同時代ライブラリー)
     最近私がブログに頻々に書いている障害のテーマについて、本書を参考文献に挙げないのは妥当ではない。本書で読んだことをさも自分で考えたかのように語るのはちょっと気が引ける。
    内容は題名のとおり。善良に暮らしていた人に突然に災いが降り掛かってくるという不条理を扱った書物である。著者はユダヤ教のラビである。早老症という、幼児期から身体に老化を生じ10代で老衰死する難病で愛息のアーロン君を亡くされた。自分は御心に適う生活をしていたはずなのにこれは不公平なのではないか、仮に自分に何か落ち度があったとしても、何故にその罰が自分ではなくて息子に下されねばならなかったのか、その痛切な問いから始まる書物である。
    その問いに、彼は真摯な回答を出している。自ら苦しんだ末にしか出せない回答だと私は思う。その素晴らしい回答を要約する技量は私にはない(そんな文章力があったらいいなとは思うが)。下手なネタばれの愚も避けたい。
    紹介のために、一部を邦訳から引用する。

    アーロンが生き、そして死につつある時、私たちの助けとなった本や人は、そう多くはありませんでした。友人たちは助けようとしてくれましたし、親切にしてくれましたが、十分な力になってくれたとは言えません。また、私の読んだ本は、神の栄光を守ろうとすることに重きを置き、理論的な証明でもって、悪はほんとうのところは善であり、悪はこの世界を善いものにするために必要なのだと述べるのみで、死につつある子供をかかえる親たちの苦悩や困惑を癒そうとするものではありませんでした。それらの本は、自らが提起する疑問に答えようとしているだけで、私の問いにはなんら答えてくれなかったのです。
    この本は、そういうたぐいの本ではないことを願います。私は、神を擁護したり、説明しようとしてこの本を書いたのではありません。すでに出版されている多くの専門書に、さらに一冊を加える必要もないでしょうし、かりにその必要があったとしても、私は正式に哲学を学んだ人間ではありません。私は、人の悲しみを体験した人間であり、根本的に神を信じる人間です。死や、病気やけが、そして拒絶や失望によって人生に傷ついた人のために、また、この世に正義があるなら、こんなことが自分に起こるのはまちがっていると考えている人に読んでもらいたくて、この本を書きました。
    そのような人にとって、神とはいったいなんなのでしょうか?そのような人は、いったいどこに、力や希望を求めればいいのでしょうか?もし、あなたがそのような思いを抱く人のひとりであり、神の善や公平を信じようと思いつつも、自分自身や愛する人びとにおそいかかった理不斥な不幸のために信じられないでいるとしたら、そして、この本がそうしたあなたのお役に立つことができるならば、私は、アーロンの痛みと涙からいくばくかの祝福を取り出せたことになります。
    もし、私のこの本がその目的であるべき人間の苦悩や痛みからそれて、神学的解釈論にはまりこみそうになったとしても、なぜこの本を書くことになったのかというアーロンとの体験が、私を原点に引き戻してくれるだろうと願っています。

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  • 文句を言うなと言われても

    「都合」とはあまりに酷い言われようである。 続き
    その後に述べられている一連のコメントは、私には、「医療側に問題があるのだからつべこべ言わず利用者の言うとおりに黙って診てろ」と言われているように感じられる。「日本の賃金形態にまで言及されているようですが」という捨て台詞には、侮蔑されていると感じる。
    こんなことを言われて黙っていては、医療者がブログを書く意味が無くなるように思う。

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  • 「都合」とはあまりに酷い言われようである。

    一晩考えてみたのだが、やはりこれは申し上げておくべきではないかと思う。
    昨日のコメントで、Octさんが「都合」という言葉を使われたことが、釈然としない。
    「都合」という語は、相手ではなく自分の利害を優先して物事を決定する態度を暗に批難するときに使う語である。

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