投稿者: yamakaw

  • 京都府が小児救急の電話相談システムを立ち上げる

    などと称して協力者を募ったら開業医の先生方にきれいに無視されたんだそうな。救急隊かどこかに親御さんからかかってくる電話を当番の医療機関に転送するというシステムらしいが。で、私立病院協会に話を持ち込んだところ、協会としては反対しないから個別に病院と交渉してくれってことになったらしい。そこでうちの病院にも話が来て、部長が乗り気になっている。
    まあ、年間数千人は時間外小児救急を診てる病院だしね。イヤだっていったらかえって奇異かもしれないね。ただもう心配なのは、そんなものに手を挙げたが最後、お前のところの小児科当直はNICU当直だろうが!小児救急で二重儲けなんて不届き千万!新生児集中治療加算全額返却だあ!とかなんとか同じ京都府庁からお取り潰しの通達が来かねないってことで。とにかく相手は「お上」ですから。裏柳生の隠密からお家を守ろうとするくらいの用心深さが無いとね。
    しかしまあ京都府のほうでも国から言われてるし予算使わないとまずいやって程度の認識らしい。やる気なんて全然なし。それが証拠によりにもよってわざわざ明日にその計画に協力しようと申し出た病院の関係者を集めて説明会をやるそうな。部長が出席するってんで明日は私は部長の代診で朝から晩まで外来詰めだ。ちなみにその後は当直だけど。でもねえ・・・協力しようと言う病院に嫌がらせかいって思います。明日は仕事納めですよ。年末年始の休業に入る直前の最終日ですよ。病院は大混雑に決まってるじゃないですか。そんなときに各病院の小児科の管理職を軒並み引き抜いていってどうするんですか。すっげえ迷惑です。たぶんこんな面倒くさい事業は「協力する病院がありまへん」とか何とか言って医療関係者のせいにしてお流れにしちまおうって魂胆だったところへ気の利かない病院が生真面目に手を挙げてきたりしたんで畜生って思ってるんでしょうね。
    まあ部長は決して外来が上手じゃないし居眠りばっかりしてるから人数をこなそうという主旨なら私のほうがまだ速いけどさ、私は私で年末に入る前のNICUの最終的な確認仕事をさせていただきたいんですけどね。そりゃまあ病院勤務の小児科医に年末年始休暇なんてあるわけでなしって言われりゃ話が終わりますけどね。

  • だらだら潰した一日

    今日は休日の自宅待機番。午前中は休日外来をやって、NICUの担当患者も少し診て、午後は自宅でうだうだ過ごす。何をしていたのか記憶にも留まらない時間が過ぎていった。
    昨日は「戦場のピアニスト」を観た。ゲットーとか強制収容所とかの話は聞いていたがあんな風だったとは知らなかった。実に無造作に人が殺されていった。殺される側としても、殺される人間が何故殺されねばならぬのかの理由もなくいきなり列の前に出され銃殺されるのでは、むちゃくちゃな理由であれなにか理由があるのよりも恐怖が募る。その恣意性が抵抗力を見事に殺いでいっていた。
    「夜と霧」でも書かれていた「人は絶望で死ぬ」という言説も納得がいった。あの先の見えない状況ではたしかに希望を失ったら生きてはいけない。でも私は病院を奪われ家族を奪われてそれでもなお生きようとしていけるだろうか。いつまで逃げ延びていれば救われるのか、先も全く見えない状況の中で。
    俺はあの主人公のような状況でお前は何だと聞かれて「医者です」と答えられるだろうか。彼が「ピアニストです」と答えたように。そして何か弾いてみろと言われて己の命を救うような素晴らしい演奏ができるだろうか。
    おそらく医者が職業だと思っているうちは無理なのだ。

  • 未熟児の親御さん向けの本

    買ったんだけど・・・厚い。
    ペーパーバック1冊なのにアマゾンが「ペリカン便で送ったよ」とメールをくれるので、まーた例のでかい箱に本一冊だけ入れて送ってくるんだなと思ってたら、分厚かった。500ページくらいある。一瞬、コロコロコミックを思い出してしまった。凄いね。向こうの親御さんたちはこんなもの読んでNICUにやってこられるのだね。
    書誌情報はライフログに挙げておきますね。まだ全部は読めてません(だって英語だし)。

  • 謝礼

    医療関係者への謝礼
    そういえば貰った記憶があんまりないなあ。NICUを退院される赤ちゃんの親御さんたちは看護婦さんにどうぞと言ってお菓子をたんまり下さることはあっても、私にはくれませんね。我が子が誰に世話になってるかちゃんと見抜いておられます。
    一番のお礼といったら、「先生、この子を抱いてお写真一枚とらせてください」ってやつですかね。「ブラックジャックによろしく」の心臓外科の先生がやってたような写真。私の手元には残らないけれども。でも、さぞや得意げな顔をして写ってるんだろうなと思います。やっぱ、仕事を認めていただいてるってのがいいんです。
    以下、本旨を外れるかもしれないけれど。

    (さらに…)

  • 娘の喘息発作

    娘が夜中に喘息発作で寝られなくなり救急を受診した。受診というか、自分で診て吸入をさせて帰ってきた。それでも初診料と時間外加算や処置料は病院に払う。複雑なことではある。病院の施設を使い看護師にも手伝って貰ったのだから(当直婦長に笑われてしまったけど)払うことに異論はないのだが、それなら時間外勤務手当を請求したら頂けたのだろうかとは今になって思う。どうなのだろう。
    自宅を出るときには、救急行くほどかなと疑問であったが、実際に聴診器を当ててみるとけっこう酷い音がしていた。他家の子ならどうしてもっと早く来ないと思うほど。なるほどこんな風にして夜中の喘息の子は救急にやってくるのかと認識を改めたことであった。
    翌日からアルデシン吸入をはじめた。アルデシンとメプチンのエアロゾルを自分で処方して調剤薬局に持って行く。当然「吸入法は先生に聞いてお出でですか」と聞かれる。俺がその先生なんだけどとは思うが、私は人が悪いので「ええ、一応」と答えて調剤薬局の薬剤師さんに初歩から説明して貰う。他家の子に処方したときには薬局でどのような説明を受けているのだろうという好奇心もあった。けっこうきちんとした説明を受けて、親としても医師としても安堵して帰った。
    小児用のピークフローメーターを吹かせて、アルデシンを2吸入させた。まだ少し調子は悪そうにしているが、小児科医としては自閉症よりもまだ手のつけるとっかかりがあるので少しは気楽なような気がする。
    ちなみに医師は自分自身の薬を自分で処方することは御法度である。家族の薬というのも厳密にはよくないかも知れない。でも内心、うちの病院の小児科医の中で喘息を一番きっちり診ているのは私だと思っているので(だってピークフローメーターを渡して毎日記録を指導しているのは私だけだよ:そりゃ病院のレベルが低いんだって言われそうだけど)、最高の医師に掛かって何が悪いとも思う。「アレルギー専門医」なんぞに診せた日には猫を殺せと言われるに決まっている。

  • DPCだそうな

    先だっての小児科カンファレンスで、未熟児新生児学会から帰ってきた部長が「医療費包括化」の話をしていた。いま大学病院とかから導入されはじめているシステムである。我々のところのような中小規模私立病院はおそらく最後尾での導入になるのだろうと思う。大学病院で四苦八苦されておられる先生方のお話を戦々恐々として聞いているところである。まあ、私はまだ管理職じゃないしってんで半分くらい他人事気分だが。
    訳の分からないのは、病院毎の報酬総額に何か訳の分からない基準による 0.7~1.4の範囲の係数が掛けられるということだ。これこれの疾患を拝見しましたと例えば1000万円の支払いを請求したとしても、ある病院ではその請求に対して700万円しか保険からの支払いが無く、別の病院では同じ請求内容でも 1400万円支払いを受けるということだ。現実に大阪のある大学病院ではこの係数が0.7に設定されてしまってだいぶご苦労だとのこと。逆に石川県のある大学病院では1.4なのでけっこうほくほくだそうな(まあ、ほくほくったって以前ほどの左うちわではないんだろうけど)。
    この係数を決める基準はそれまでの収益だそうなと部長は言う。今年は頑張るぞーとか言って熱心に働いて前年度比の例えば1.5倍とかの請求を出したとしても、それなら君のところの係数は1.0から0.8まで減らしましょうかねと言われてしまったらやる気がどーんと落ちる。逆にまあ適当にやってて前年度比2割引の成績しかあげられなくっても、それなら係数を1.2くらいにしましょうかと言って頂けたらあまり痛くない。
    医療費包括化の主目的はむろん医療費総額の削減にあるのだから、こうすることで病院毎の支払い総額を頭打ちにし、しかも頑張って稼ぐ病院のやる気を削ぎおとしつつのほほんと怠ける病院を奨励することでなおさら医療費の伸びを防ぐというのは、目的には適うやり方なのだろうねと思う。凄く浅はかで賢しらな奴が考えることだろうと思うけど。
    「一物二価」ってのは商売では決してやっちゃいかんことだよと、私は幼い頃に父に教えられた。今まで父の教訓が外れた例はないので(その割に父は貧乏だったが)、今回もたぶんこれは厚生労働省がやっちゃいかんことをやってるんだろうなと思う。同じ診療内容で病院間の報酬の格差が2倍あるんだから。
    でも金融庁も羨ましいだろうね。銀行毎に係数を付けて、君のところは言うことよく聞くから係数1.4で預金総額を4割り増しね、とか、君のところ不良債権を片づける努力がぜんぜん足りないから係数0.8ね、とか言われたら銀行は震え上がるだろうね。お役所の言うことをよく聞くようになるだろうな。行政側は無敵になるね。ついでに贈収賄の温床にもなるだろうけど。預ける方はたまらない。銀行を間違えたら預金が2割減とか。そういう話じゃないのかな。
    不透明で恣意的なシステムで支配下のものの生殺与奪の権を握り、しかも報酬ややる気をあの手この手でじわじわと削いで行く、まるで厚生労働省は徳川幕府である。そのうち参勤交代が復活するかも分からない。全国の病院の院長の家族は全員東京に住むべしとか、隔年で東京と地元を往復しろとか、往復の時には道中の各地で一流旅館を貸し切って散財しろとか、病院の格で部下を何人連れてこいとか。いきなり国替えとかあったりして、突然病院スタッフまるまる岩手県あたりに飛ばされたりとか。
    医療費包括化をDPCと略するらしいが、これはおそらくDekirudake Poor & Cheap の略なんだろうね。

  • 寝るぞという強い意志

    中2日の当直が3連つづき、そのたびにほぼ徹夜であった。そろそろ嘔吐下痢のウイルス性胃腸炎の季節である。この季節を過ぎたら、次は年末年始ラッシュ、さらにはインフルエンザの流行期である。救急患者はこれから笛こそすれ、減る見込みはほとんどない。
    昨日は午前1時頃1時間ほど救急の間があき、次は6時ころから2時間あいた。
    だったら3時間寝られましたねというのは方法論に算数しかない人の発想法である。
    布団に入っても次にいつ起こされるか分からない状況で、それでも熟睡できるのは強い意志力の所産である。つい、どうせまた起こされるのだろうと布団にはいるのが億劫になる。
    たとえ10分後に起こされるとしてもそれまでは熟睡してやろうという強い意志が是非とも必要なのである。
    まとまって寝なければ寝たうちに入らないなどと言っていられるのはまだ贅沢なうちかもしれない。10分20分でも取り敢えず時間が空いたら寝ておくのが野戦病院の正解なのだろう。条件が許して眠れるから寝るのではなく、強い意志をもって強引に寝るのである。何と言っても日曜日当直の徹夜の後には月曜の通常業務が待っているのである。通常業務に入ったら寝られないのは当たり前である。実際に私は午前6時に寝て8時に起こされた後、新生児搬送で醍醐まで行き、それから午前中のNICU業務を終え、午後の外来をしたのである。
    午後の外来で、夜明けがたに診た子がフォロー診でお出ででした。先生もお疲れ様でしたとお母様に仰って頂きました。こどもさんがキョトンとしているので、「先生は夜中も起きてて診て下さったでしょ」と説明して下さいました。これは嬉しかったです。また頑張ろうと思いました。

  • ナイーブさの一形態

    「テレビ・ビデオの長時間視聴が幼児の言語発達に及ぼす影響」
    たくさんのコメントを頂きました。ありがとうございます。
    おそらく、テレビやビデオを長時間見せるのはよくない、というのは日本の小児科医のコンセンサスになりつつあると思います。私のスタンスもまた、決して、どんどん見せましょうというものではありません。「まあ、何事もやりすぎはよくないものだというし、テレビも見せすぎはよくないかもしれんなあ。」くらいに思っています。「良くないかもしれんけど、学問的根拠があるわけでなし。俺が外来で小児科医として語る言葉はみのもんたより重いはずだし、そんないい加減な話で親御さんにプレッシャーかけても仕方ないし。それなりの事情はそれなりにあるもんだし。テレビの他に話すことは山ほどあるし」くらいでしょうか。例えば私は子どもが喘息で病院に来てるのにたばこ臭い親御さんには無茶苦茶厳しいですよ。1歳過ぎたのに麻疹のワクチン接種してない子の親御さんとかにも。
    片岡教授一派に対して私がむかつくのは、彼らの思慮の足りないナイーブさに対しても、だと思います。むろん自閉症児の親としては、言語発達遅滞と自閉症の区別も付けられぬくせに自閉症の急増がテレビのせいだと言い切っちゃうような奴が小児科の教授をしているという事実には暗澹としますが(どのレベルの医科大学の・・・って敢えて言っちゃうよ。教授はもっと酷いこと言ってるんだから)。それに加えて、恐らくは子どもにテレビを長時間見せてはよくないという言説に表立って反論してくる小児科医は居ないというナイーブな油断が、こちらの神経に障ります。少々論立てが甘くても重要な主張をしてるんだから構わないだろうという態度が見えます。また小児科学会雑誌の、実際に本当に査読してるんかいと疑わしくなるような編集方針もまた、政治的意図が見えて苦しいです。
    小児科学会の会場で片岡教授の講演にずいぶん多くの小児科医たちが熱心にメモをとっていたとか、批判的立場から覗きに行った方の報告をききました。おそらく学会後、各地の外来で、「ところでお母さんお子さんにテレビを一日何時間見せてるの?え、2時間?だめだめ!テレビを消して言葉かけしなきゃ言葉が遅れるんだよ。いいね!言葉かけだよ!」みたいな「育児指導」が熱心になされていることでしょうと想像して寒いです。
    小児科医のメーリングリストで署名を入れて片岡教授への反論記事を投稿するとしたら相当の覚悟が必要です。おそらく、大半の参加者はそんな論争のために学問的根拠を得る労力を惜しみ、傍観にとどまることでしょう。そして「育児指導」に熱心な数人の小児科医を相手に歩み寄りのない不毛の論争を続け、疲れた方の投稿がとぎれて立ち消えになることでしょう。まあ、私は変なやつという風評がそうとう立ってるらしいので、無視されるだけかもしれませんが(それはそれでちょっと悲しいのですが)。

  • 終日外来ってのもいいかな

    12月16日
    代診やなにやで予定外の終日外来。若手と二人で68人の子供たちを拝見した。
    そろそろ柿が赤くなり医者が蒼くなる時期を過ぎて、冬場の風邪の流行期である。
    私はたいてい半日外来・半日NICUという日常なので、終日外来にいることは滅多にない。新鮮な体験ではあった。NICUという懸案事項を抱えず、日がな一日こうして外来をして、朝夕に肺炎や腸炎やの数人の入院患児を回診して、時間外の小児救急は全部断って。そういう世間一般の市中病院小児科のあり方に麻薬的な魅力を感じてしまった。
    NICU開設前のうちの小児科はそうしてぬるま湯に浸かっているうちにどんどん業務を縮小してしまったのであるが。かつては院内学級すら抱えた名門であったのに。
    一日68人を二人で診るのだからそれほど多い人数ではない。世間に公表しては、同業者は(例えばMari先生とか)失笑するであろう患者数である。
    それでも計算して欲しい。午前3時間午後3時間×2人÷68人で一人10分である。
    一人10分が例外的・非採算的に長い診療時間なのである。NICUという黒字部門を持たず外来と一般病棟だけの小児科ではこの時間が5分を越えるようでは赤字必至なのではないだろうか。
    そんな半端な時間の診療で世間の親御さんはご満足なのだろうか。
    医者としては満足できないのだが。赤字部門のくせして偉そうに言うけど。

  • 俺も同じこと言われるんだろうな。

    東京医科大学の特定の心臓外科医が執刀した患者さんが相次いで亡くなっていると報道された。
    同じことを言われかねないと思って切ない。私とて、奴はうちのNICUで死亡した超低出生体重児の大半を担当していたといわれたらまさにその通りなのである。何たって超低出生体重児はほぼ全員、私が主治医をしているのだから。その通りとは申しつつ、私はNICUには向きませんと称してNICU患者の担当一切しない医者が、私に「君、また赤ちゃんを死なせたの?問題あるんじゃない?」なんて言ったりしたら、私はたぶん逆上してその医者を張り倒し、その足で院長室に退職を願い出に行くことだろうと思う。
    百何十人執刀したうちの何人が死亡して率が何%だから平均より高いとか報道する新聞もある。こういう報道をするようでは、たぶん統計学的な有意差なんていう概念は聞いたこともないのだろうし、標準偏差なんて持ち出されたら反射的に偏差値主義の進学教育が頭に浮かぶのだろうなと思う。そんな大雑把な記事でものを言われてはよろしくない。
    こういう場合にこの人自身が拙劣で患者さんを亡くしたのか、それとも集中的に難しい患者さんを担当した故のことなのか、それなりの専門的観点からの総括が欲しいものだと思う。