秋の京都を新生児搬送

紅葉のシーズンだそうで今日の新生児搬送も渋滞を縫っての走行となった。中央分離帯の上を走るとがたがた揺れていやなんだけどな。観光で成り立っている町だから京都で新生児医療なんかやってるとこういう目にも遭うんだろうね。それほどの足止めにはならなかったのが何より。
例によって黒詰め襟のお上りさんが横断歩道の途中でサイレンに驚いて5人ほど立ちつくしてるし。都にはいろいろなものがあるのだよ。救急車とか。はじめて見たの?
観光バスを避けるってのも結構大変なんだけど。あれは何台も連なって走るし。でも何百人だかの修学旅行生を、公共交通機関使って観光してこいとか言って放逐するのも、けっこう迷惑だったりする。銀閣から金閣まで一直線の市バス204系統とか、修学旅行生が大挙して乗ってくると地元民は押し出されてしまうんだ。MKタクシーとかを一日借り切って貰うのが結局は一番早くて安いかも知れない。
まあ、かつては京都へ修学旅行に来た身だしね。そのときは古都税騒動で銀閣も金閣も拝観停止だった。歴史的にも珍しいものを見せて頂いた。しかも夏の暑い盛りの京都で。まさかあの時は後々この町に住むとは思いもしなかった。やっぱ京都観光のはずなのに自由行動で伊賀上野くんだりまで忍者屋敷見物に出かけた罰が当たったかな。

胆力について

おたくじみたコンピュータ談義で今日の本題を忘れるところだった。
内田樹先生の著書やブログで「胆力」についてたびたび拝読してきた。例えば「内田樹の研究室:ゼミが始まったのだが・・・(2004年04月21日)」には下記の記載がある。

古来、胆力のある人間は、危機に臨んだとき、まず「ふだんどおりのこと」ができるかどうかを自己点検した。
まずご飯を食べるとか、とりあえず昼寝をするとか、ね。
別にこれは「次ぎにいつご飯が食べられるか分からないから、食べだめをしておく」とかそういう実利的な理由によるのではない。
状況がじたばたしてきたときに、「ふだんどおりのこと」をするためには、状況といっしょにじたばたするよりもはるかに多くの配慮と節度と感受性が必要だからである。
人間は、自分のそのような能力を点検し、磨き上げるために「危機的な状況」をむしろ積極的に「利用」してきたのである。

「ふだんどおりのこと」をしようとしたときに、その「ふだん」の行動を決める新生児科医というフレームワークがあんまりものを語ってくれなかったので予想外に狼狽えたのだが、しかし考えてみれば、あの場面では日本中の新生児科医誰でも一様に私のように言葉を失って黙り込むと言い切れるだろうか。
以外と、「肝の据わった」新生児科医ならそれなりの落ち着いた対応ができたのではないか?それがどのような言動になって現れるのか私には想像もつかないのが情けないが。

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音楽を聴きながら原稿が書けるか

ここで論じているのは私の脳の出来映えではありません。
コンピュータのOSの話です。
WindowsXPで音楽を聴きながら原稿を書こうとしました。音楽はどちらかと言えば遮音の目的です。騒音よりはまだ好きな音楽を聴いていたいというもので。
ですが、この単純な作業がWindowsXPには無理なんですね。ハードディスク内のWMAの音源をWindows Media Playerで再生しつつ、モジラでブログの原稿を書く。そんな無理なことをさせてるとは思えないのだけど、キー入力が重くてしかたない。入力してから画面に反映されるまでのごく僅かな時間なのですが、そのコンマ数秒だかコンマゼロ数秒だかの短い時間が重さとして返ってきます。時にはモジラの画面全体がフラッシュしたりします。このまま原稿を消されるかと不安になったりしました。
今はLinuxで書いています。Turbo Media PlayerでMiles Davis の”Wednesday Miles”を聴いてます。聴きつつモジラで原稿書いてます。かな漢字変換はAtok for Linuxです。もとより同じハードウェアでデュアルブート(電源を入れたら数あるOSのうちからWindowsかLinuxか選べというメニュー画面が出る)で使ってますのでハンディキャップは不当ではないはずです。
やっぱりLinuxに戻るべきでしょうか。昔はLinux使ってたのですけど、最近の学会発表は露骨にパワーポイントを使えと指定してきますからね。NICUの入院統計はファイルメーカープロのテンプレートを配布して来よるし。

内田先生はひょっとして私の日記をお読み下さっているのだろうか

今日の「内田樹の研究室」最新記事「ラカン的ゼミ面接」もまた、前回の私の投稿にお答え頂いたような内容である。ひょっとして内田先生は私のブログをお読みなのではないかとさえ思う。むろんご存じの訳はなくて、単にそれだけ内田先生が汎用性の高いメッセージを発信しておられるということなのだろうけれども。
医学部生は通常の教育体系では「ゼミ」というプログラムで一人の「師」と延々1年も2年もお付き合い頂くと言うことはない。各科の講義を2週間くらいずつ聴いてお終い。臨床実習も各科1週間とかだし。「ゼミ」には憧れるものがある。
本来こういうことはトラックバックで書くのが本筋なのだろうが、それって秋波を送ってるのと変わらないような気もして、なんかこう気が引けるというか、図々しすぎるような気がするというか、「何だかやってはいけないようなことのような気がする」ので、トラックバックは控えておく。

中1日の当直あけ

金曜に当直、土曜を半日で帰って、日曜日に日当直。
金曜は睡眠時間は細切れに合計3時間ってところだろうか。もっと寝たかな。寝た気がしないけど。日曜の睡眠は3分割で5時間くらいか。
しかしこの日程だと、若手が来てなかった頃は、土曜日も泊まり込むことになってた。土曜日の当直医は本当に泊まるだけの当直で、実際には自宅待機番だった若手の方が土曜日の夜のNICU滞在時間がよほど長かったらしい。まだ、この若手のお陰で、土曜日は家で寝られた。それだけでも良しとするか。
それにしてもこのヘビーな日程はけっこうこたえる。
お陰で昨日の外来では久々に患者さんとトラブルを起こしてしまった。やはり睡眠不足とか疲れとか空腹とか重なると、心構えのギアが普段とは違う段に知らぬ間に変わっている。変速しているのに自分で気付いていないものだから、普段はきちんと説明することを省いたり言わなくても良いことを言ったりして口が災いの門となる。患者さんとは滅多にもめないのが隠れた自慢のタネだったこともあって、睡眠不足に加えてダメージ3倍増ってところ。振り返ってみてもやっぱり私の方が悪かったので反省は至極。例えば前述の当直医が同じことをやってたら後ろ指をさすだろうね私は。厭な性格だと失敗の逃げ場がないね。はは。
そもそもの発端はNICUを開設するときに、NICU当直=小児科一般当直という誤解を内外に広めてしまったことだと思う。いまさら、小児科医が24時間いると市民の皆様に分かってる病院で小児救急を切り捨てることはできないのだけれど、かといってNICU開設時とは比較にならぬほどの重症児を受け入れるようになった今も小児救急を並行して診療するってのは、はっきりとうちのような弱小病院の体力には余ることじゃないかとも思う。
トラブルの遠因はNICU当直医が小児救急を診療しないと誰も小児を診ないということにあり、また小児科医が居るからと小児の外傷まで救急で診ることになるからであり。私は小児科医と言っても初期研修医の2年間は勤務先の救急外来でそれなりに全科学んだから、内心そこそこ外傷も診れるつもりではあるのだが、例えばその救急外来ではアダラート舌下投与なんてやってた時代だから、客観的に考えればそこで学んだ外傷治療もそれなりに遅れてはいるのだろうし。「新しい創傷治療」のHPなんて拝見するといつも目から鱗が落ちますからね。
閑話休題、おそるおそる、カルトスタットとか使ってみてます。ほんと、消毒なんかしなくても傷は化膿しません。洗うことが一番大事。
しかし新生児専門だからとNICUに籠もるのは京都の事情が許しそうにない。三次救急が主体の第一日赤の救命救急センターがコンビニ診療であふれかえって身動きが取れなくなり掛かっていると人づてに聞いた。それなりに自分達ができることをやって、本当に自分達の技量ではあかんわという患者さんだけを高次医療機関に集中するようにせんといかんとは思う。
診療でストレスを感じるときのことを後から振り返ってみると、結局は診療の能力がない(知識がないとか技術に習熟してないとか)が一番の原因であることが、私にはもっぱらであった。たとえコミュニケーションレベルの問題と当時は捉えていても(「診断治療は間違ってなかったんだけどさ、詰まらんことで親と言い合いになっちゃってね・・・」と同僚にぼやくようなケースでも)、後になってみれば、それは診療能力が足りないことを弥縫しようとした結果、それが説明過程で矛盾を顕わにしてトラブルのタネになっていたことが多かった。なんたって自分に診療能力が足りないってことは一番認めたくないことだけに、その兆候は当座は必死こいて無視しようとするんだよね。そして、あのころは俺もまだ未熟だったな・・・と振り返ることが出来るほどに自分の努力なり進歩なりを自信持って語ることが出来るほどの晩期になってはじめて、あれはヤブ医者が起こす類のトラブルだったと気付くのだ。というか、認める気になるのだ。当座は決して認めようとしなかったことも、後になって、自分は内心ではそうと分かっていたと言うことに気付くのだ。
当人が必死になって無視しようとし抑圧しようとしているその当の事項は(私にとっては自分がヤブ医者だと言うこととか)、周りの人間には筒抜けに見て取れると、内田先生の書にあった。「寝ながら学べる構造主義」の冒頭のところとかである。とすれば、私の周囲にとって、私は自分が診れないということを必死に糊塗しようとしているように丸わかりに見えてるのかも知れない。これはみっともない。かなり危ない。
次は中2日で水曜に当直。しかし水曜午後はオフなのに・・・3時間だけ帰って寝てからまた出てこいという当直日程。患者さんが待っているってことは重々承知です。けどね、気合いだけで勝てるなら竹槍でB29を打ち落としてそのままアメリカに勝ててた訳ではないですか。気合い一発太平洋を泳ぎ渡ってカリフォルニアに上陸とか。精神主義ではどもならんということは、やっぱり、実際に当直明けに低出生体重児の分娩立ち会いのあとそのまま外来なんていう勤務やってみないとわからんのかもしれないけれど。

キリスト教原理主義は好きじゃないが

ブッシュが勝った。
妊娠中絶やら同性婚やらと言った倫理的項目が云々されているらしい。
キリスト教原理主義の底力みたいな報道解説を目にする。
今日の朝日新聞の漫画にあったように、他国の政権が気に入らないからと言って攻め込んでいくような野蛮な精神性は持ち合わせていない(朝日新聞の記事内容はともかく朝刊夕刊とも4コマ漫画は他紙の追随を許さない。漫画が面白いので朝日を取っているようなものだ)。
私にとって複雑なのが、私の勤務先の病院はそもそも米国南部のキリスト教徒が建ててくれた病院なのである。まあ、原理主義の面々に飯のタネを頂いてるわけだ。
戦後の混乱期に、旧財閥の別荘を買い取ったか接収したかして、病院にしてしまったのがうちの病院のはじまりである。どこの教派がといったらそのまま病院名がばれるから言わないけれど、福音派のけっこう大きな教派である。手術室の入り口にはプレートが嵌め込んであって、東京に進駐中の軍人さん(まだGHQがいた頃ね)に居たこの宗派の有志がお金を出し合ってこの手術室を寄付したと書いてある。”They loved Japan.”と括ってある。

そんな軍人の給料で50年前に作ったような手術室で超未熟児の緊急帝王切開なんてやってるなよという御意見もありましょうが・・・。でもある意味格好いいでしょ。古い手術室だからって赤ちゃんにはそれが元の感染なんかおこしたことありませんよ。

ご当地では公教育で進化論を教えることにすら反対するような面々で、個人的にはあんまり関わりたくないタイプの人たちのように思える。イエスという人はけっこういい奴だと思っているのだが(親鸞をいい奴だと思うのと同じくらいには)、あの人の思想の闊達さは米国南部にはあまり受け継がれていないようにも見える。
俺はブッシュと同じ根っこを持ってるのか・・・と思う。だから病院を辞めてしまうというほど私自身は原理主義的な精神性はないが。そんな理由で辞めるようなやつを他で雇ってくれるかどうか分からんし。イラクで戦争するのよりは京都で新生児医療やってる方がなんぼかマシとも思う(善いことをしてるから人間が偉くできてるんだなんていう思い上がった考えをもっちゃいけませんよとイエスも親鸞も仰っておられるようだが)。

超未熟児が生まれる

これから超未熟児が生まれます。
私は今日と明後日と10日(水)と当直に入ります。中1日と中2日。
集中的にこの子の監視をしなければなりません。
たぶん、ブログのアップデートが相当おろそかになると思います。
NICUはオフライン環境ですから草稿は書けてもアップできません。
(草稿なんて書く暇があればですが)。
でもあれこれ考えたことを一気に原稿用紙テンプレートのワードファイルに吐き出すことが出来れば頭が切り替わるし眠気も一掃されるので、執筆というのは実はけっこう重宝な作業なのです。
あとでアップする際には草稿を書いた日に投稿したように日付を調整させて頂きます。
けっして、後出しじゃんけんをしているわけではありません。
とりとめもない注釈ですが。

イラクやアメリカについて

ビンラディン最大のテロ炸裂
赤ちゃんの病気のこと以外には、自分が他人様より先んじていると前提するべき知識があるわけでもなし、いろいろ聞きかじった情報や新聞(朝日と読売を読んでます)を元に好き放題なことを書いてきたけれども、今後はこのサイトを読んでからものを言うようにします。当ブログの記事をお読みになる際は、この「シバレイのblog」を読んだ上での記事だと、いちおうお考え下さい。