蘇生練習人形を相手に気管内挿管の練習をしていて気づいたのだが、展開した喉頭は利き目である右目でしかみえてなかった。試しに利き目をつぶってみたら口の中すら見えなかった。
気管内挿管の時には展開した喉頭に気管チューブを誘導するのが意外に難しいのだけれども、それは片眼視しかできてないのに両眼視しているつもりでいるからかもしれない。遠近感が微妙に狂うんだろうと思う。
これは口の大きな成人領域の挿管でも当てはまる話かどうかは分からない。
オバマ政権、WikiLeaks 創設者 Julian Assange 氏を手配するよう各国に呼び掛ける – スラッシュドット・ジャパン
「ルパン逮捕だぁ!〜待て待てぇ!〜あれえ、これはどうしたことだぁ!?ルパンを追っていたらおかしなところにでてしまったぞ。これは偽札工場ではないか!(棒読み)」みたいなことにならないんだろうか。米国いよいよ窮地。
その頃、私は医療における「賢い患者になろうキャンペーン」とか「インフォームド・コンセント」論といった「政治的に正しい医療論」に対して、「こんなことを続けたら、日本の医療は崩壊する」と繰り返し警告していた。
当時、内田先生ご自身が医療崩壊に関してそれほど積極的に言及されていたとは記憶にない。医療バッシングが華やかな時代に、内田先生が時代に抗して発せられた警告があっただろうか。先生が医療崩壊に関する「警告」を発せられ始めたのは、マスコミ自身がこの路線でこれ以上進むのはまずいと自覚し始めた以降になってであった。内田先生のサイトではじめて医療崩壊に関して読んだときの感想は以下にある。それまで、先生のお言葉はむしろ、睡眠不足の心身をむち打つ方向にしか働いていなかった。
こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか : 内田樹先生がついに医療崩壊について御言及である
私の考え違いだろうか。先生オリジナルの論説はネットで公開されているのがすばらしいところなので、私の読みこぼしや誤解があればご指摘願いたいのだが。
新幹線の絵が0系から700系になっていた。
帰宅後、岩屋橋まで往復した。今日のテーマは下ハンドルで走る練習。ブラケットでブレーキをかけながら下るのはつらいので。
できるだけ下ハンドルで走って、ときどきブラケットに戻してみると、クロスバイクなみに体が起きているように感じる。意外。
新しい靴は、シマノのSH-R086WEなんだけど、底に空けた穴から風が通るので、マウンテン用に比べて涼しい。買ったばかりなのでクリートの位置にはまだまだ調整が必要。左足はがに股気味についてて、岩屋橋でちょっと休んで調整しようと思ったけど蚊にたかられて往生したのでそのまま帰ってきた。右足の内側の縁が足首に当たって痛いなと帰りがけ思った。ちょっと深すぎるか。やっぱり幅広じゃなくて標準にしておけばよかったかな。とりあえず靴下とインソールで調整してみることにする。
昨日は休日外来で終日病院にいて、今日は代休である。代休がとれるほどマンパワーが充実するなんて夢のようだ。
休日出勤や当直の代休をとるためには、何曜日の午前の外来は誰という担当を流動化させる必要がある。でなければ、たとえば月曜午前の外来担当と決めうちされている医師は日曜日の代休を翌日には取れないということになる。もちろん代休は基本的な権利であるが、どうせとってもらうなら激務の後の疲れているときにとってもらって十分にリフレッシュしていただくのがよろしいと思う。
で、外来には代診をたてることが多くなる。誰それ先生の外来だから行く、というご期待には沿えないことも多くなる。しかし、無理を押して外来してても、睡眠不足で疲労困憊していてはどうせご期待には沿えまい。それよりは、同じ水準の診療をする医師が代診している方がよほど患者さんのためになる。
診療水準をそろえるためにも、ふだんから独善に陥ることなく、共同で勉強をしなければならない。代休一つにもいろいろとやることがある。
そういうことを考えながら、兵庫県の施設まで搬送に行ってきた。代休だと言ってこういうことに時間を使うようでは下に示しがつかないとは反省している。最近の若い者は容赦なく代休にはきちんと休むからいいけどね。
それにしてもよい施設だった。外来者には笑顔で挨拶するという習慣は疲れた心身に染みる。それだけでもよい勉強になった。今後は部長としてはNICUスタッフに挨拶と笑顔についてちとやかましく言わねばならん。というか自分でやって見せたらたいがいは見習うだろう。
ちょうど昼だから食堂で昼食を召し上がってくださいと言われ、運転手二人とともにありがたく頂戴して帰ってきた。ちょうどテレビでは野球場のすみで高校生が穴を掘っていた。いろいろな若さの形。
VIGOREさんでロードのペダルをSPDからSPD-SLに換えた。ペダルの交換はご主人が手ずからやってくださったが、同時に買ったそれ用の靴にクリートをつけるのは自分でやることになった。客にやらすか?という戸惑いが多少はあったことは否めない。もちろん店の方にしてみれば、自転車は乗るのもいじるのも楽しいものなのだし、ほんらいペダルの換装さえ店の側でやるのは申し訳ないことなのだろう。それを言うなら、小児科病棟のほうがよほど、職員がやるべきことを親御さんの方にやらせてないか、とも思うし。
慣れないペダルで乗って帰ることに多少の不安はあったが、さすがに岩倉から自転車を押して歩いて帰るのは遠いし、何事も練習ではあるからと乗って帰った。着脱は予想していたよりは容易だった。あくまでも、予想していたよりは、だが。
小児外科転科の子を転院搬送。
最近、不思議にどの病院も愛想よく転院を引き取ってくださるようになった。昔は「渋々」感が電話口の向こうにひしひしと感じられたものだったが。あのどんよりした不愉快さはどこへ消え去ってしまったのだろうか。今ははつらつと仕事をする先生が、文字通り「喜んで」依頼を引き受けてくださるようになった。慶賀の至り。というか、めでたいめでたいと喜んでないでしっかり見習わないと。たまには私自身、転院を依頼される立場になるんだし。
頼まれるほうの態度が変わったのか、頼む私の態度が変わったのか、どっちだろうと思いながら帰ってきた。たぶんあの頃とは「中の人」が交代してるんだろうから、頼まれる側としては何の自覚もない可能性も高い。とはいえ私が思うに、頼まれる側で変化したのは「中の人」ではなくてその背後の人なんだろうという気がする。入院を引き受けるには私の許可が必要と、非公式にだが公然と考えている人が病院には予想以上に(むろん必要以上に)たくさんいて、外部から直接入院を頼まれる「中の人」の頭には、依頼の文言を聞きながらも脳裏にはその面々の顔がずらっと浮かぶものなのだ。その面々は当然のことに笑顔ではなくて、そのたくさんの渋面が「中の人」の表情まで渋面にしていたんだろうと思う。
他人様のご事情ばっかりじゃなくて自分のことも考えてみる。頼む私の態度がどう変わったか。たぶんああだこうだと要らぬことを考えず、これは小児科の私の仕事、ここからは他科の先生の仕事、とさらっと割り切るようになってるんじゃないかと自己評価したりして。たぶんそれはいろいろな意味で執着が薄れてきているということでもあろうが。優れた医者だと見られたいとかいった、言語化すればいろいろ恥ずかしい自分へのこだわりが薄れてきてるんだろうと思う。それが電話やら何やらでの、ものの頼み方の態度に出てるんじゃないかと思ったりしている。ひと頃よりは聞きやすい、という程度だろうけれどもね。
畢竟、自分が「がんばって」診る資格がある分野は新生児の限られた領域だけだと思うし。