縄文人は太平洋を渡ったか―カヤック3000マイル航海記
ジョン ターク / / 青土社
ISBN : 4791762568
米国ワシントン州の川辺から、9000年前のものと推定される人骨が出土した。顔を復元してみると縄文人そっくりであった。著者は、縄文人が北太平洋の海岸伝いに北米大陸まで渡ってきたのではないかと考え、自分でその航海を再現しようと試みた。1年目は両舷にアウトリガーのついた一人乗り帆船で、北海道を出発して千島列島沿いに北上しカムチャッカ半島に到達。2年目にはシーカヤックでカムチャッカ半島の東岸をさらに北上して、ベーリング海に浮かぶ米国領セントローレンス島へ到達する。
逃避のために読んでかえってタフさというテーマを考えさせられた本の一冊である。本書を読むと、十分なタフささえあれば、クールさとかクレバーさとかはそれほど重要ではないのかなと思わされる。著者はひどくタフだ。満足な地図もなく、その日の夕方にうまく上陸できる海岸があるかどうか分らないまま、海にこぎ出していく。その精神力だけでも大したものだと思う。潮流に流されて(オホーツク海と太平洋は深さから何から全然違う海なので千島列島の島の間には複雑な潮流が渦巻く)太平洋に流され、陸も見えないところからGPSを頼りに帆走して生還したりもする。千島列島は北半分は島が小さくなり間隔がひらく。南千島とちがって一日の航海では次の島へ着けない。彼らは同行の二人で互いの船をくくりつけ、30分おきに操船と睡眠を交代しながら3日間まったく陸の見えない航海を完遂する。そうして這々の体でたどり着いた小島には枯れ川しかなくて水が手に入らず、ロッククライミングで崖を登って小さな泉を見つける。延々この手の話が続く。十分なタフさがあればたいていの問題は乗り越えられるという教訓。いやもうそんな教訓レベルを超えている。神は十分タフな奴のみかたをする、というのが本書のテーマかも知れない。
著者はシーカヤックの単独航海でホーン岬をまわったお人だそうだ。実績のあるタフなお方だ。その著者曰く、こういう航海をするのは従来言われていたような、戦乱や飢餓に追われてやむなくといったプラグマティックな動機だけでは不可能だと。そうではない、心の底から沸き上がるような、やむにやまれぬ、半ば正気を疑われるようなロマンティシズムがなくてはこの手の航海は無理だと。なるほど。
しかし著者はクールでもクレバーでもない。とつぜん根室へやってきて日本の役人に「今から国後島へ渡りたいんだが」と言って通じると思っている。南千島の帰属をめぐる問題についてまったく調べもせずにやってきたらしい。やれやれな脳天気ぶりだが、交渉の末に条件つきで渡航を認めさせてしまう。クールさの欠如を補って余りあるタフさ。
しかしロシアに入ったら、ちょうど経済が崩壊していた時期で、行く先々の無法ぶりはクールな理屈の通用する状態ではない。けっきょくは、著者のようにタフなネゴでごり押しはんぶんに乗り切っていくのが、いちばんクールなやりかたでもあった。
ちょうどロシアの経済が崩壊していた時期であったとはいえ、著者が報告する北方領土の社会的荒廃ぶりはひどいものだ。インフラは崩壊し、民間人は大半が引き上げてしまって目につくのは軍人ばかり。残った住民は空き家の壁をはぎ取って薪にしている。持てあますんなら返せよと言いたくなる。おそらく、この悲惨な中に、日本の政治家が「ムネオハウス」をつぎつぎに建てて救世主になったんだろう。彼の路線で行ったら本当にこの土地は帰ってきたかも知らんなと思わされた。なんだって彼は失脚させられたんだったっけ? 彼の失脚で得られた成果といえば社民党の女性代議士が一発芸の才能を披露したくらいしか思いつかない。地元に帰れば彼女はヨシモトに再就職可能だと思う。「総理、総理、総理!」「あなたは疑惑の総合商社」云々、いろいろと使える台詞が耳に残る。最後に「今日はこれくらいにしといたるわ」で締めて引き上げるとなおよろしい。って、何の話だったっけ。
替わりがあるなら大歓迎
土曜日当直。準夜帯にうとうと仮眠したが、 NICUでの急変だとか早朝の緊急帝王切開立ち会いとその後のNICU入院処置だとかで深夜帯はほとんど眠れず。ベッドに入るたびにPHSが鳴る状態。朝からNICU直を若手に引き継いで、病棟回診だとか休日外来とかやって(実際はほとんど動けず周囲にはそうとう迷惑をかけた)、14時頃に帰宅した。ジロ・デ・イタリアの第14ステージをつけてみたが、うとうと居眠ってしまうのであきらめて睡眠。19時頃に娘に起こされて晩飯。風呂に入ってまた寝て、午前5時に新生児搬送で呼び出し。7時にいったん朝飯を食べに自宅へ戻り(徒歩5分なのがありがたい)、8時出勤して短距離の新生児搬送、その後は普通の月曜日の小児科外来。午後も受付時間外の外来をぼちぼち診て、夕方はNICU当直の先生が伏見まで新生児を迎えに行く間の留守番で23時まで居残り。居残り中もぼちぼちと時間外外来を診察する。片道1時間くらいの距離ではあるのだが、ちょっと難しい症例で、迎えに行ってうちで診断つけたあと他施設へ送り出し搬送となったので時間がかかった。日が変わる頃に帰宅して寝て、火曜朝出勤して午前はNICU担当、午後は外来担当、そのまま当直に入り、当直帯にはNICUでの眼科診察立ち会い。有り難いことに眼科診察でくたびれきった未熟児たちも準夜帯のうちに持ち直し、深夜帯の救急受診も急変もなく、いちおう眠れた当直だった。明けて本日水曜。朝から小児科の一般外来。午後ようやくオフ。で、この記録を書いてみた。
最近は医療ブログはほとんど読まない。とくに医療崩壊を扱うサイトはまず読まない。読まなくても崩壊しかかってるのは分っている。こんな勤務が持続可能な業務であるわけがない。加えて、以前しばらくブラウザの表示フォントをHGP創英角ポップ体にしていたことがあって、あのフォントだと深刻な内容もなんとなく暗さ悲惨さ憤激催し度が薄れてしまってすっかりアンテナやRSSブラウザの構成が変わってしまった。
でも墨東病院のこととか、ときにトピックになることがあると、怖いもの見たさ半分でむかし読んでいたサイトとかに手を出してみる。そして、「代わりはいくらでもいる」とか「まず汗を流せ、話はそれからだ」とかいった「一般」の皆様からのコメントを拝読してみる。やれやれと思う。まるで世間は変わっていない。
怖いもの見たさで見に行って、じゅうぶん怖いものが見れたんだから、まあ目的を達したとは言えるかも知れない。もちろんそんな暴言コメントには腹も立つわけだが、そして私などが受けて立つまでもなく反論はなされているわけだが、しかしまあ、「何言ってるんだいまどき」みたいな怒りは、実は不正解なんじゃないかとも思う。正解の反応とは
「え、ほ、本当ですか? いくらでも代わりはいるですと!? 朗報です。ありがとうございます。すぐ招聘に参ります。ぜひぜひご紹介下さい!!」
ではないかと思うわけだが。もしも本当に代わりが幾らでもいるのなら大歓迎だ。医療が崩壊しているなんて些末な自説はいくらでも撤回する。撤回っていくらでもするものかどうかは知らんが。
週末は土曜自宅待機、日曜日は日直当直。今月も自宅待機と日直当直で週末は全部潰れている。当直は9回。自宅待機は11回。なのに世間には「まずは汗を流せ」と言われるかたもある。その方の日常を拝察すると涙を禁じ得ない。どんな過酷な日常を送っておられる方のお言葉なのだろうと。
エリスロポイエチン
ジロ・デ・イタリア第13ステージ。平坦な170kmあまりのコース。
途中で選手が自転車を止め、路傍の老人を抱擁して、山岳賞の緑色のジャージをプレゼントしてから、おもむろに走り出した。二人とも幸せそうな、よい笑顔だった。実況と解説が、あれはお父さんだなと言っていた。今回のステージのゴール地点のすぐ近くが出身地なんだそうだ。
あのジャージを保持しているってことは彼はこれまでの山岳コースを相当に良い成績で走ってきた、優れた選手の筈だが。自転車を止めてプレゼントをわたして抱擁して接吻して、の一連の流れがいかにも自然で微笑ましかった。成熟した、作為のない親孝行。いいなあと思う。イタリアってこういう国なのかと改めて感心した。
日本ではなんだか不謹慎だとか不真面目だとかいろいろ言われてしまいそうだけど。あるいは逆に息子を待つ父親の周りをレポーターとかお笑いタレントとかテレビカメラとかが取り巻いてわざとらしい感動を演出しようとしているかもしれない。
よい気分になって、アマゾンから届いた自転車雑誌を読んでいると、2008年のジロ・デ・イタリアで山岳賞を獲得した選手が、第3世代EPOの使用が判明してチームを解雇されたと、小さく報じてあった。あの選手なんだろうか。なんだかねえ。親の顔に泥を塗ったようなものだな、とこういうときだけは日本人モード全開で腐してみる。
EPOか。第3世代ってのがどういう種類になるのだかよく分らないが、ようするにエリスロポイエチンだろ、と日常に引き戻される。NICUでは超低出生体重児には貧血の対策として毎週2回皮下注射してる薬だ。よい薬だと思っている。でも彼らスポーツ選手が使うのはドーピングだ。競技風景がおおらかなわりには、ドーピングに対してはむちゃくちゃ厳しいと見える。
この選手の競技生命は終わるんだろうか。おなじページには他の選手で2年間の処罰期間があけて復帰だとかいう紹介もあったし、まだ20代だったから未来はあるんだろうと思う。今はあのお父さんが立ち直らせてくれてるころだろうと願う。
190km走ってきて最後の1kmで転倒する
ジロ・デ・イタリアにはまっているが、サイクルロードレース好きになったのだかイタリア好きになったのだかよくわからない。深夜に放送されるのをケーブルテレビの機械が適当に録画しておいてくれるので、ぼちぼちと観ている。息抜きにはとてもよい。風景はいいし、選手もそれほど苦しそうな顔をしないし。
苦しそうな顔をしないといっても、タイムトライアルでもないかぎり1日で150km以上は走る。第11ステージは決して平坦ではないコースで全長190kmあまりだった。最終的に3人で先頭を競うことになったのだが、その2位につけていた選手がゴール手前800mくらいのカーブで落車した。どうやら石畳の敷石がゆるんでいて後輪を引っかけたらしい。3位の選手も目の前で転倒されたのでいっしゅん足止めされ、1位の選手がそのまま逃げ切った。
1位の選手のゴール前の感極まった表情が繰り返し放送された。一生に一回でもこういう顔をする経験ができたらそれで人生は成功だと思えた。いい顔だった。36歳だったか38歳だったか、けっして若手とは言えない選手だった。過去の戦績も画面に映ったが、その項目が1997年と2004年だったか。長いことやってきてはいるが目立った個人成績のほとんどない選手のようだった。それでもこうやって大きな大会のメンバーに選ばれて居るんだから、チームの裏方として表に出ないところでずいぶん大きな働きをしてきた選手なんだろうと思った。スポーツに人生訓を読むのは野暮な行動だとは思うのだが、そういう選手が引退間近に(さすがに40過ぎては無理なんじゃないかな)こういう花を咲かせるっていいよねと思う。
11月最後の休日
木曜・土曜と中1日で当直して、昨日は当直明けで午前9時から本日午前9時までオフ。非拘束時間が24時間に達するのは今月ではこの日だけ。本日は自宅待機だが、休日自宅待機の医師は午前中は出勤して回診したり休日午前中の外来をしたりすることになっているので、先ほどまで病院にいた。
木・金・土とそれなりに重症の入院が続いた。三連日で一日一人ずつ救命したってのはけっこうよいペースではないかなと思う。自分が命を救った子どもがどこかで生きているのだよと、ときおりふと思うのはけっして悪い気分ではない。ハードでタフではあるが、そう詰まらない仕事ではないと思う。ということで医学生や研修医の人は新生児科をよろしくねがいます。
帰宅後、テレビをつけるとカナダ・アラスカの国境地帯の自然を特集していた。雄大な氷河と森林・海とザトウクジラ。北米大陸でも屈指の高峰が、氷河の中にそびえ、夜明けには赤い陽光がその頂上付近からオレンジ色に照らしてゆく。静かで荘厳な光景であるが、それが麓の人里からは全く見えないというのがまた良い。人間が北米大陸に到達するよりはるか以前から、夜明けのたびにこの荘厳な光景が繰り返されてきたというのに。蕩尽も天の上のお方がやるとスケールが違う。
先住民のトリンギット族も紹介された。例によって、いかにも政府支給な没個性の建て売り住宅のまえに数人集まって、「民族衣装」と称する装飾の多い非実用的な服を着て、音響の悪い打楽器を叩いて単調な歌を歌っていた。いずこの先住民族もそういう扱いを受けているのだなと思った。
娘が通っている剣道教室が敬老会のだしもので演武をするというので、観に行った。もともと、歴史的に有名な決闘があってその記念植樹も残っている土地で、それなりに剣道はさかんな様子である。道場に通うほどでもないうちの娘のような面々にも、週1回でボランティア運営の教室が開かれていたりする。週1回の稽古にしては、よく竹刀を振れるようになっていた。まだ試合をする水準ではないが、猫背がなおって姿勢が良くなったので父としても嬉しい。
ただやっぱり演武といっても素人芸にはちがいない。体育館に集められてこういう素人芸を見せられるというのは、老いるというのも辛いことだと思う。そこでうんざりするのではなく心から楽しんで手を叩いてやれるというのが年の功というものかもしれない。その水準まで徳を高めておかないと、老いるのは辛いよということだろう。
帰りがけに床屋に寄った。時計をみて、しまったと思った。正午前である。案の定、NHKののど自慢をしっかり拝聴することになった。私はこの番組が嫌いだ。なぜといわれても感覚的に受け付けないのだから仕方がない。素人芸の「痛さ」と全国放送という規模のアンバランスがとにかくいたたまれない。しかし床屋さんという人たちはこの番組がたいそう好きらしい。昼下がりの床屋では必ずこの番組を鑑賞することになる。嫌いだから消してくれと言っていいものかどうか迷う。気を悪くされるのもいやだし、ひどく恐縮されるのも辛いし。もうちょっと早く来るか遅く来るかというのが正解なんだろう。でもそれが正解なら、ひょっとしてこののど自慢は床屋さんが昼ご飯の時間を確保するための策略なのかも知れない。ならば日曜には病院の待合にも流してみるというのはどうだろう。昼に空き時間が作れるかも知れない。
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫 あ 105-1)
ランス・アームストロング / / 講談社
ISBN : 406276086X
さいきん読むことが多いのは自転車の本と、辺境の本。とにかくどこかへ逃げ出したい一心の読書傾向である。それが皮肉にも、「タフさ」とは何か、という問題を考えさせられるような本によく行き当たるようになった。タフさを要求されないところへ逃げ出したいと思ってるようだけど、逃げ出す先として君があこがれるようなところは今以上にタフさを要求する場所だから勘違いしないようにねと、アマゾンドットコムに宿る神様が仰ってるんだろうと思う。
本書は自転車つながりの一冊。ランス・アームストロングはアメリカの人。自転車ロードレースのプロ選手で、将来を嘱望された若手時代に精巣腫瘍で闘病生活を余儀なくされたが、復活したうえツール・ド・フランス7連覇という偉業を成し遂げた人。もっとも本人は癌から生還したことのほうを名誉に思っているらしい。
まだ競技の部分の描写がぴんとくるほど自転車競技には詳しくないので、読んだときにも闘病記としての要素ばかりが目に付いた。
初診から手術までの迅速さはエレガント(「大学への数学」誌における用法で)のひとことに尽きたが、お粗末な医療保険はもうほとんど米国医療のお約束である。ちょうどチームの移籍時期で、彼は無保険状態だった。家屋敷も高級車も全部売り払って一文無しになるところを、スポンサー企業の社長が、銭を出さないとうちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと保険会社に脅しをかけて、厳密には契約外の治療費をださせる。
とんだ横車である。保険会社だってこの横車をハイそうですかと押されて済ますわけもあるまい。誰かこの横車のとばっちりを引き受けた人があるはずである。うちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと言ったところでハイそうですかとしか言われないような弱小企業の社長さんとか、マネジドケアで丸めてあるんだからこれ以上の治療費は払わないよといわれる病院とか。
抗癌剤のブレオマイシンを使わないという選択が良い。本書では医師がそう勧めたと記載してある。この薬の副作用で肺をいためると治癒後に競技へ復帰できなくなるからだそうだ。生存率が5%とか20%とか言ってる状況で競技への復帰云々もなかろうと思うのだが、そうやって具体的な目標をかかげることで、単純な死ぬか生きるかの二分法とは次元の違ったところへ意識を集中させることを狙ったのかもしれない。副作用のない抗癌剤としての「希望」の処方というところか。
それとも、これだけ予後の見込みが悪ければブレオマイシン1剤くらい加えても加えなくても大して違いはないという身も蓋もない事情だろうか。
抗癌剤の副作用を延々と堪え忍ぶつらい闘病生活を思えば、復帰後のレースがどれだけ過酷でも耐えきれたとのこと。そしてツール・ド・フランスで7連覇する。彼の活躍は癌の闘病生活をおくる患者たちに、とりわけ子供たちに大きな声援となっている。声ばかりではなく、彼はチャリティ活動に積極的に取り組んでいる。
ただ、その闘病生活を献身的に支えた恋人を、退院後にあっさり振ってしまう。生存するという目標は達成したが、次に何をすればいいかを見失ってしまい、かえって鬱状態になった模様。生存することより元の日常生活に復帰することのほうがよほど大変であるとのこと。なるほどそういうこともあるのかと医師としては勉強になった。
そこで癌の子供たちを応援するチャリティライドを始め、その活動で次の恋人と出会い、やがてその恋人の助けを得て選手生活に復帰する。本書は復帰後の彼がツール・ド・フランスで優勝するまでを扱ってある。彼の怒濤の7連覇はそれからの話。本書ではこの二人目の恋人と結婚して、凍結してあった精子で不妊治療して子どもも授かって熱愛いっぱいである。
だがネットで知った後日談によれば、この二人目の恋人ともその後に離婚しているらしい。おいおい。誰のおかげがあっての今の君だよ。こうなると勉強になったではすまない気がする。ひょっとしてこいつ単に女に汚いだけか?とまで、ちょっと思ったりして。あるいは、真面目な話、この男は恋人をロードレースチームのアシストと同列に扱ってないかと疑う。人生の各ステージでエースである彼の風よけとなり補給品を渡し周囲をかこって事故から守り云々と献身し、役目を果たしたら自身はレースを降りるアシストとして、恋人を扱ってるふうではないか。でもそれは幸せな人生か?人生ってそういうものか?なにか足りなくはないかランス君、と尋ねてみたくはある。
ジロ・デ・イタリア第9ステージ
10月27日午後10時すぎ帰宅。例によって自転車ロードレースの録画を観ながら晩飯。今日はジロ・デ・イタリアの第9ステージ。これまで2日かけてイタリア半島をアドリア海がわから山をこえてローマ近郊まで横断してきた。今回は海岸沿いを北上する平坦なコース。海辺の、たぶん松のたぐいだろうの林の中の、一直線の道路を北上してゆく。ローマの松という名曲があるがあの林のことだろうか。海辺には凧もあがっていた。
むろんこんな夜遅くにゴールまで観ていたら明日の仕事に差し支えるから、飯が終わって風呂に入るまでのしばらくの間の観戦である。半分以上はイタリア観光のつもりで観ているから、選手諸君には申し訳ないが勝負はあんまり関知しない。イタリアのテレビ局もそのつもりなのか、沿線の観客の中にきれいな女の人とかかわいい子どもとかいたらしっかりそっちを映す。女の人はこんなきれいな私のほうにカメラが向いてるのは当然よねという表情で悠然としている。子どももまだ三輪車がやっとの年齢のくせに選手とおそろいのサングラスなんかかけている。なんかイタリアってすてきな国だねと思う。果ては海辺のフラミンゴの群れを中継ヘリコプターが追いかけたりする。動物番組かよと思う。まあ動物好きだからいいけど。フラミンゴが群れで一斉に飛び立つのは、残念なことに、男たちが一斉に自転車で駆けているのより何倍も美しかった。
私が観ている段階では集団から二人が逃げていた。逃げる二人はひんぱんに先頭交代をする。そうやって交代で風よけをするのが紳士協定らしいが、あんまりひんぱんだから単に嫌がりあってるだけのようにも見える。本で読んだときはもう少し長い距離を走ってから交代するものだと思っていた。実際に観るといろいろと勉強になる。なってどうするという突っ込みはなしで。
自転車がこない
昨日、当直が明けて休日午前中の回診とか外来とかすませて、thunderbirdを立ち上げてみたら大学から来月分の応援シフト表が届いていた。大学でも苦心惨憺していただいているのがよく分る。心中合掌しつつ来月分の当院小児科シフト表を組む。やはり来月も休日は確保できなかった。すべての週末が当直と自宅待機で埋まる。それを回避するのは無理だった。数学的な解がない。
当直明けにこんなもん作ってなお疲れたわと、ひとりごちながら帰宅。眠くはあるが気が立っていてすぐには寝付けず、録画してあったジロ・デ・イタリアを観た。眠くて第6ステージだったか第7ステージだったか聞き損ねた。山頂ゴールだとか言ってた。やっぱりイタリアは風光明媚だわと思って眺めていた。この程度の田舎なら日本だと道路脇に民家とか電柱とか自動販売機とかないか?と思ったがそこはイタリアの事情があるのだろう。けっこう海辺から山のおくまで登っていくコースで、日本なら名古屋から走り始めて松本ってくらいじゃないかと思った(素人の感想なので割り引いてください)。その200kmからのステージを走り抜いてきてゴール間際でパンクした選手がいて気の毒だった。チェーンが切れてついでに我慢もぶち切れて自転車を道路から放り投げていた選手もいたが、あれはこのステージだったか以前のステージのハイライトシーンだったか、眠くてもうろうとしている。担いで二本足で走ってゴールっていうのはルール違反なのかな。足の裏になにやら金具がついてると聞くからままならないか。
ESCAPEは注文したはいいがなかなか届かない。買物がてら妻がサイクルベースあさひ高野店に寄って聞いてみてくれたが、10月下旬の予定が遅れて11月中旬になるんだそうだ。ESCAPEのR3ってそんな稀覯な機種なのかと思ったが、なんか世界経済が大変なことになっているらしいしその影響かもしれない。いまさらこんな昔の為替レートで決済できるかよとかなんとか。どうせそんなに遅れるんならもうちょっと凝った店で凝った自転車を買えばよかった。そんなところまで足を伸ばすほどの時間が取れないからこそ自転車を買うことにしたのだったということも忘れて、そんな後悔もちょっとしてみた。まあ、ふだん患者さんをさんざん待たせている因果が巡ってきたんだねと、しおらしく待つことにする。
でもドロップハンドルの自転車でもよかったような気がする。店頭で見て、これは初心者には乗れんわと思って敬遠したのだが、ようするにあの下向きに曲っている部分だけがハンドルなんじゃなくて、ハンドルにブレーキの握りを止めているあの角みたいな出っ張りまで含めて握りとして設計してあるんだな、と、一流の選手のお手本をみて学んだ。あれなら握れるかもしれんな。むろん一流の人はじつに簡単そうに仕事をこなすものだから、見学すれば簡単そうに見えることも同じようにやろうとするとたいへん難しいものではあるのだろう。連日200kmちかいコースを4時間とか5時間とかで走り抜くことさえ、ずいぶん簡単に見えるくらいだし。
都立墨東病院のことなど
ようやく中1日で3連の当直シリーズが明けたと思ったら、東京で重症の妊婦さんの搬送を受け入れられなかった件が問題になっていた。なんだか辛いとかしんどいとか個人的なことを言うのが小さく感じられてしまったので、しばらくあれこれ考えていた。
このときに現場でなにが起きていたかを、いちおう周産期医療の周辺で現在もごそごそ動いている身としては、想像できなくもないような気がする。泥沼にはまりかけている紹介元と紹介先のあいだでの言った言わなかった論争までふくめて。そういう立場にいるからこそ、あんまり、当時の状況について想像でものを言うのはためらわれる。大きい声が出せるのはそとにいる人だけだ。まあ、外にいればこそ客観的なお話もできるという利点はあるし、あながち大きい声は下品なばかりとは言えないけど。
ご家族の無念は察して余りある。ご冥福を祈りたいと思う。それは当たり前である。当たり前すぎて、書くだけで読者諸賢の常識や読解力に信を置いてないような感さえあり不愉快をご容赦願いたいのだが、でも書いておかないと邪推を呼びそうなので明記しておきます。そう明記するいっぽうで、紋切り型の文句で通り一遍にご冥福を祈った次の段落から言いたい放題をするような、品のない文章は書きたくないものだとも思う。
今回の状況に苦言を呈する資格があるのは、本件の発生以前に都立墨東病院産科の人員不足を憂慮してその問題解決に奔走していた人だけだと思うのだが。でもそういう人にはこういう場面ではあんまり陽が当らないものだ。うっかり当ると攻撃のまとにされかねないから、いまは沈潜しておかれたほうがいいのかもしれない。それはともかく、本件で初めて窮状を知った人が墨東病院の産科の先生や他の周産期施設の医師を悪し様に言うのは止めてほしいものだと思う。そういう私も、風の噂に通常分娩が取れなくなってるらしいと聞いて大変だなとは思っていたが、まさか常勤枠9人のうち4人しか埋まってなかったとまでは知らなかったので、もちろん悪く言う資格はない。言うつもりもない。というか、こういう困難な症例を二つ返事で受けられるほど人数余ってるんなら京都へよこしてほしいものだとは是非申し上げたい。
東京には施設がたくさんあるから自分のところが引き受けないとという切迫した責任感がないんだろうとかいった、いかにも利いた風な田舎ものの戯れ言も伝わってくる。だったらどこの県立医大ならこの妊婦さんを救えましたかと聞いてみたいものだ。うちなら救えたとかいう類の大口をたたく方々とはあんまりお付き合いしたくないなと思う。臨床に実績のある人はその分野の怖さも知ってるものだから、あんまり強気なことはおっしゃらないものだがね。自分が治療に当るわけではないけれどという立場で東京の人を批判するのは、他人の褌で相撲を取ると言って、本邦ではあんまり美しいとされない態度だと思うんだ。どうだろう。
それはそうと。「当直」についてはいろいろと申し上げたい。
複数当直を維持するのに常勤枠9人で足りるのだろうか。全員が機械的に同じ回数の当直をしたとして中3日とか4日くらいになるのかな。でも9人も揃えたら、そのなかには当直のできない事情のある医師もどうしても混じってくるものだし。たとえば9人のうち一人は部長なんだろうけど、都立病院の産科部長が当直ばりばり可能な年齢とは考えがたいし。さらに一人か二人は家庭の事情で当直ができなかったり、ほかの一人か二人はまだ駆け出しで一人ぶんにカウントするのがためらわれたり。なんやかやで9人のうち当直レギュラーにカウントできるのは5~6人ってところではなかろうか。それで二人当直だと中1日か2日しか開けられんな。きついな。
舛添厚生労働大臣が複数の当直を用意できなくて何のセンターだとかなんとか激しくお怒りだったけど、いやしくも労働分野も管轄する大臣なんだから当直だなんて情けないことを言うなよと思った。夜勤だよ夜勤。当面は当直で回さざるをえない申し訳ないという認識がわずかでもあるんなら、そういう他責的な態度に出るなよと思う。頭が悪そうでみっともない。
都知事には、今までいろいろあった人だしあんまり期待することもないけど、「俺は、君のためにこそ死にに行く」の2作目を作られる際に、「過労死してゆく産科医師をみおくる院内売店のおばちゃん」を題材にすることは止めていただきたいと切に願う。まあ、そんな映画は誰も観に来ないだろうけどさ。
こういう上にたつ立場の人たちが自分の管轄下にあるはずの事件について他人事みたいに批評家めいた口をきくのはどういうものかね。自分が何とかしますという責任感がなさそうってのはこの政治家たちにこそ当てはまる寸評だと思うのだがね。そのくせ官僚が国を滅ぼすとかと部下の悪口も言うんだよな。部下の人らはどうやって仕事のモチベーション保ってるんだろう。誰が彼らに微笑みかけてくれるんだろう。僕らには赤ちゃんがいるけどね。
中1日3連の当直の最終日
今日は中1日当直3連の最終日。明日から3日あいてまた土曜に当直。そんな先のことを考えていたら気が滅入るので、「明日逢える?」「そんな先のことはわからない」の伝で行くことにする。
じっさい今月も来月も週末に休める見込みがまったく立たない。12月も同様だろう。年末年始もどうなるやら見当もつかない。こういう年末年始に限って8連休なんだ。やれやれ。
きのうの夕食時に娘がカニの話をした。一パック千円以下になったら買っていい?妻も温泉とカニのツアーっていいよねと言った。そうだね行きたいよねと私も言った。いつかね。そのいつかがこの冬も次の冬も、帰納法的な形で延々と半永久的に来ないことは3人ともわかっていたのだけれど。いいよね。いつかね。
息子は何に疲れていたのか、私らがそういう話をしているときには眠りこけていた。私が食事を終えて一息ついているとごそごそと起きてきた。目覚めてしばらくはものが食べられないたちで、まず宿題を始めた。公文だか学校のだがしばらくごそごそと書き物をして、それから飯と味噌汁をよそってきて食べていた。
「世界のSL特集ってやってるぞ。見るか」
「見る」
「あの炭水車の横に書いてあるLMSって何の略だ」
「ロンドン・ミッドランド・スコティッシュ鉄道」
「すごいなそんなことも知ってるのか」
「三灯式信号機やね」
「何に注目してるんだよお前」
思わぬことを知っている信号機フェチの息子とぼちぼちケーブルテレビを観ていた。9時ころ私が眠気に耐えかねて隣室に寝にいったら、漏れてくるテレビの音が変わったので、あれは私が寝るのをまって「ラチェット・アンド・クランク4」をやり始めたのだろうと思った。彼のように、「いつか」を言わず、宿題をして食べ慣れたものを食べてもう何周目かのやり慣れたゲームをして、翌朝6時に起きて火曜金曜なら燃えるゴミ水曜ならプラゴミを出して、の淡々とした日々で足るを知ったことにすれば幸せなのかなと思った。
たぶん、そうなのだろう。
世の中には中学受験準備中の娘と「いつか行くカニと温泉の旅行」の話をしながら夕食を食べられるお父さんがどれほどいるか。たぶん、世のお父さんたちの中には、私を哀れむお父さんより羨ましがるお父さんのほうが多いんじゃないか。
たぶん私は、じつは自分の一生のうちでもけっこう幸せな時期を過ごしているんだろうと思う。
たぶんね。
