結局今年も夏休みをとらなかったなあと8月を回顧する。
父が夏期に忙しくなる仕事をしていたせいで、こどもの頃は家族で夏休みという経験がない。というか大人に夏休みがあるなんて知らなかった。
妻には、あと2~3年もしたら娘が相手にしてくれなくなるよと言われてしまった。たしかにそうかもしれない。
隙を見せると静脈留置針をすり替えられる
テルモが静脈留置針のカラーコードを変更した。小児科で常用している24Gのパッケージは紫から黄色に変更された。まあそれはそれでよろしい。
しかし病院上層部はこの外観変更に乗じて、またも静脈留置針の無断変更を仕掛けてきた。いつのまにかサーフローフラッシュがただのサーフローに変えられていた。先日サーフローフラッシュからインサイトに無断変更された際はもとに戻させたのだが、全く懲りてない様子である。
静脈留置針の銘柄が変更されてもそれで点滴が入らなくなりましたなんて今さら駆け出しじみた恥ずかしいことも言えまいと、今回もしばらく高楊枝を決め込んでいたのだが、入院中の重症な小児患者に点滴をさんざん手こずってしまって我慢が切れ(いや一番我慢が切れたのはこども本人と親御さんであろうが)、翌朝小児科部長に直訴した。この針では点滴が入らない。ここで超未熟児が生まれても救命できない。云々。
部長もさっそく上層部に掛け合ってくれたのだが、上層部曰く、看護部から各病棟の看護師に了解を取って変更したとのこと。それを聞いてますます我慢ならなくなる。いったいNICUで点滴とってるのは誰だよ。こんど超未生まれたら看護師が点滴とるってのかよと。むろんNICUの看護主任はまるで訳が分からないと言う。医師に確認とらずにそんな了解を出すほどの愚か者にNICU看護主任はつとまる訳がない。看護部の偉い人はNICUなんてちっぽけで意見を聞くまでもない些末な部門だと思ってるらしい。
部長の尽力で(そりゃあ超未熟児の救命できませんなんて脅迫されて怖かっただろうね)小児科の関わる各病棟にまたサーフローフラッシュ24Gが再配置された。廊下で事務長に呼び止められてすみませんでしたねと言われた。すみませんでしたね、か。故意に不良な弾丸を納入した業者はゴルゴに殺されてましたがね。
たとえばこんな一夜
午後8時 点滴漏れで一般病棟からコール
午後9時~12時 NICUに新入院
その間午後11時 救急外来で肘内障整復(まあこれは単純に済む仕事ではあった)
午前2時半~3時 救急外来
午前4時~5時半 一般病棟で点滴漏れ再コール:大格闘の末に再確保
午前5時半~7時 救急外来から一般病棟へ入院
午前7時半~8時 NICUに新入院:朝回診を経て午前中のNICU担当へ引き継ぎ
大変な一夜だったように思うがこうして書き出してみると薄い。もうちょっと仕事を素早くやれよということかもしれない。入院1件に何時間かけてるんだよとか自分につっこみをいれてみる。いやちょっと珍しくて難しいケースだったしと言い訳もしてみる。
ちなみにこれは8月16日夜から17日朝にかけての当直の内容である。むろん16日は朝から出勤してNICU担当とか帝王切開立ち会い(うち1件はNICU入院)とかの平日業務をやってたわけだし、17日は午前も午後も外来担当だったし。
もう少し要領よく寝れば良かったのだろうけれど、睡眠時間は2時間だか3時間だかだった。でも病棟でも私がもうちょっと寝ただろうと思っているだろう。いやいやもうすぐ四十郎な私が苦労を分かってもらえないなんて言っても愚痴にしか過ぎないわけですが、しかしたぶんNICUの看護師たちは私が午前0時過ぎて7時近くまで寝ていただろうと思ってるわけだし、一般病棟の看護師は私が宵の口から午前4時までは眠れただろうと思っているし、外来看護師は午後11時から(あいだに1回起こされたにせよ)5時半くらいまでは寝てられただろうと思っているだろうし。誰も彼もが私が5時間くらいは寝てられただろうと思ってるだろうねということで。
少子化担当大臣がひとり靖国を参拝する
高市早苗氏が閣僚ではただ一人靖国神社を参拝したそうな。少子化担当の大臣が、全閣僚が尻込みするなか単独で靖国を参拝するというのは、何だかあまりにもベタにできすぎた話で、上品さを尊重する私としては言及するのもはばかられるのだが。ここで「この人は子供を増やすことで何を目指しているんだろう」とか突っ込んだら負けなんだろうか。
医学が好きで好きでたまらぬ医学生っているのだろうか
もやしもん―TALES OF AGRICULTURE (1) (イブニングKC (106))
石川 雅之 / / 講談社
ISBN : 4063521060
妻が買ってきたので面白く読んだ。
学内自治寮にすむ2回生が研究室に入り浸るシーンがあって羨ましかった。医学部ではこれは困難だよなあと思った。使われてない教室に勝手に入り込んで酒を醸造してましたみたいな出発点から研究室に入り込むってのはねえ。ひたすら講堂に座ってノートをとってポリクリに回っての受動的な日々だった。ときに研究室をのぞきに行くこともあったけど、ここまで濃密に入り込んではいなかった。
百姓仕事が好きでたまらず農学部に行くとか、機械が好きでたまらず工学部に行くとか、好きが昂じて専門に勉強するというのはどの学部でもあるんだろう。とくに文学部なんて、文学なんか知らんぞと言う人間は決して行かないだろう。それなりの素養があってみんなその学部を選ぶんだろうけれども、医学部だけは、俺は医者仕事が好きで好きで医学部に来ましたなんて人は原則あり得ない。そんな人は医師法違反だから医師免許が取れない。
法的な処罰を受けてなかったらOKなのかな。
医学部に入ったときに何で医者になろうと思ったかとさんざん問われたんだけれども、なるほど他の学部の奴らはそこに居ること自体が理由の主張になってたのかと今さら知った。仕事の内実を知らないまま、全く潰しの利かないタコツボ学部に乗り込んできて賢しらな顔をしている新入生なんだから、確かにそう聞いてみたくもなるよなと思った。
俺が学生時代には学部の勉強を熱心にやることがこれほど輝いて見えて漫画のネタにまでなるなんてことはなかったなあとも思った。ある意味、今のほうがよほど真っ当な時代だと思う。
もういっぺん大学行きたいなあと思った。
当直明けに頭が重い。
当直明け。頭がどんより重い。それでも今日は当直明けの日に午後の週休がとれたからなんぼかマシではある。
延々と中2日の当直が続く。続くと言っても当直表を組んでいるのは私だから自分でやってることではあるのだが。他人が組んだシフト表でこのペースなら昔の俺は腐るだろうなと思う。今月1ヶ月で病院に出る義務のないのは5日の日曜だけだったし。でも他の医師だって決して楽してるわけじゃないし。
自分でシフト表を組んでみるとつくづく、職場を切り回すというのは人に頭を下げて働いていただくってことなんだなと身にしみて思う。働かせてやってるとか勉強させてやってるとかではなくて。頭を下げる人が一番偉いんだよなと今は思う。俺が居なきゃ困るだろうとばかり頭の高い奴ってのは、結局その場に関する責任を本当の意味では担ってないやつなんだろうなと思う。
医師が増えて層が厚くてよろしいと喜んでいたのは昨年の暮れだったか。それから人が一人減り二人減り、今では私と若手と二人で中二日の当直をまわし、合間にはもう世間では定年退職する世代の先生にお願いしたり大学から応援を頼んだりしている。さすがに二人で交互に中1日当直はきつい。当直者が新生児搬送で病院を留守にするときなど呼び出しもあるわけだし。
それでも今月の私の当直は9回にすぎない。大学のひとたちは月に13回とか当直をしているという。大学病院の当直だったり、小児科当直を常駐させますと志したはいいが常勤医では回らん弱小病院の当直だったり。いや、うちもその一つなんだから偉そうなことは言えませんが、しかしそんな当直暮らしをするために彼らは大学院に入ったんだろうか。ぜんぜん勉強にも研究にもならんような気がする。
いったい医者はどこに消えていくんだろう。探せばどっかに居るんだろうけれども。うまくすれば「七人の侍」でここ一番に村人が出してきたご馳走みたいにわらわら出てくるんじゃないかと思うんだけれども。
赤ちゃん学の目指すところ
周産期新生児学会で感銘を受けた言葉。といっても、さっさと記録しておかなかったので詳細は違うかもしれないが。論旨を。
赤ちゃんの行動を研究しておられる先生が、「赤ちゃんの能力や行動の研究を通して、『結局は赤ちゃんってどう育てても育つんだ』ということが示せたらいいなと思っている。赤ちゃんはきわめて有能でタフなのから、ああだこうだと大人が小細工を弄しなくても本来の道筋をちゃんと育っていくのだということを、研究で示したい」という趣旨の発言をなさった。
いわゆる赤ちゃん学を見直したように思う。赤ちゃんの行動の研究には、「赤ちゃんはこれだけ有能で周囲のことも分かってるんだから、育て方を間違うと本来の成長ができませんよ」と育てる側を萎縮させるようなメッセージばかり出しているという印象を持っていた。相手を萎縮させ畏れ入らせるのって快感が大きいからねえ。学問的興味というよりはその快感にドライブされる学問じゃねえかなんて邪推していたのだが。
むろん、この発言のあったシンポジウムの座長は小西行郎先生であった。
もんきー・まじっく
当直明けの日曜に、iTunesをいじっていたら、「モンキー・マジック」のいろいろなバージョンを発見した。MONKEY MAJIKなるバンドが歌う「MONKEY MAGIC」と、復活したゴダイゴが歌う「MONKEY MAGIC 2006」。元祖の「モンキー・マジック」はゴダイゴのベストCDで持っていたので、聞き比べ。
元祖の「モンキー・マジック」は疾走するスピード感がいかにも悟空のテーマである。編曲も軽くてシンプル。觔斗雲に乗ってかっ飛ばす感じの曲である。MONKEY MAJIKの歌はのんびりゆっくりな感じ。シルクロードのオアシスのほとりで沙悟浄が歌ってそうな。觔斗雲ではなくて馬と徒歩のペースである。復活ゴダイゴの歌は、元祖のときより楽器の編成が分厚くなって重厚感が増している。豪華絢爛。
西遊記に重厚感を付加してどうするんだろうと思う。猪八戒を主人公にするとでも?
引退して金と暇ができたかつてのエレキ小僧が再結集して、かつての自分には手の届かなかった良い楽器を買いそろえて、豊かな人生経験とやらを加味して、円熟した音楽をやって。復活ゴダイゴにはそんな雰囲気を感じてしまう。それはそれで何も私ごときが難癖つける筋合いのことではないが、しかし、昔の歌と聞き比べると、失われたことの方が大きいような気もする。
ウィルコムの社長は松平健にそっくり
急患で起こされて二度寝するには半端な時間で、朝7時半からの経済番組を当直室で見た。ふだん見ない系統の番組なので面白かった。
ウィルコムの社長をゲストに呼んであったが、容貌が松平健にそっくりだった。何をやっても「松平健にそっくりな人」で通されてしまいそうで気の毒だった。それに反発してのエネルギーで社長まで上り詰めたのかもしれないけれども。
やっぱり社長としては暴れん坊なんだろうか。部下の仕事ぶりを取材した映像をじっと見ている表情は、斜に構えたところがなくて、いい社長なんだろうなと思ったが。でも松平健にそっくりな顔では斜に構えようがないよなとも思った。
まだ高倉健にそっくりでなかったのが救いかもしれない。「健さん」にそっくりだったりしたら、どうあがいても跳ね返しようがないような気がする。
いずれにしても、まあ、大きなお世話ではあるが。
ちなみに昔H”を使っていた頃は、音が良いし救急車からも安心して使えたしで機能はよかったのだが、うちの病院敷地の奥の方が微妙に圏外だったので、困って結局auに乗り換えた。最近はどうなんだろうか。アンテナ増やしたと番組でしきりに宣伝してたけれど。
微妙にスランプ
午前中は病棟・処置担当で外来や病棟をあちこち動いては採血や点滴をする。いかにも雑用ではある。スーパーローテート研修医が入力した採血を何で俺がやらにゃあならんのと憮然とすることもある。私を温厚な人間だと思う人があったら全く間違いなのである。しかし度胸なしでもあるから、その研修医を呼び出すこともなく、諾々と処置に歩く。
今日はちょっと調子が悪かった。いちおう成功はするんだけれど、なんとなく「芯」に当たらないというか。今さら駆け出しみたいに針を何本もつかうような悲惨な状況にはならなかったのだけれども、何か変だった。何だったのか。
たぶん昔ならそういう変調も気にもとめなかったと思う。そう言う意味では成長したんだよと誇示してみる。誇示しながらも何とはなく不安ではある。こういう日には超未熟児は産まれてほしくないものだと思った。
一般小児科の子供たちには悪いが、この雑用的処置当番はこういうトレーニングや調整の場でもあると思っている。打撃投手が投げる球を黙々と打ち込んで試合に備える打者に自分を擬してみる、みたいな。親御さんには処置に立ち会っていただいている。親御さんの目があると緊張は増すんだけれど、超未熟児相手の、この一本で決めないとこの子が一歩死に近づくというときの緊張よりはマシなような気がする。そうして指先と胆力を錬る。
