パズルとミステリー 緊張とパニック

パズルというのはデータが足りずに問題が解決できないこと。オサマ・ビンラディンの居場所とか。ミステリーというのはデータが溢れかえっていて問題が解決できないこと。エンロンの崩壊とか。公開された財務関係の資料を読めば、この企業の業績なんてまるでスカだということは分かったはずなのに、その公開されていた資料というのがあまりにも膨大で、内部で責任ある地位にいた人間すらほとんど理解できていなかったとのこと。

パズルである問題を解決するためには資料の収集が重要であるが、ミステリーを解決するにはその方針ではよろしくないんだそうだ。それはまあ臨床でもそうだよなと思う。脈絡無く検査出しまくるのは臨床でも愚かな行為だ。ましてその結論が「時間をおいてこの検査を再度行わなければならない」というのではなおさら。

緊張のあまり失敗するときには、熟練していて無意識にできることまでいちいち初心者のように意識に上らせてしまっている。パニックになっているときには些細な問題の一点に注意が集中してしまっていて、ほんとうなら意識するべきさまざまな問題に意識が回っていない。

なるほど。

そのほかもろもろ、重要な考察が随所にあり、賢い本だと思う。原書は1冊だったのかな。勝間先生が翻訳して3分冊で売り出した邦訳を図書館に予約しておいたら、2冊目が先に来たので読んだ。文庫化されたら買うかな。厚めの文庫本1冊に納まるんじゃないかと思うし。

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