投稿者: yamakaw

  • スキン変更

    変えてみました。文字の大きいのもたまには良いかなと思いました。南国生まれで、寒そうな風景にはちょっと憧れます。眺めるだけなら。実際に住もうとは絶対思いません。

  • 山手線の哲

    いま番組が終わったところですけどね。何ですかあれは。原作の方が余韻があって余程良い話だった。あの物語に手を加えたアニメ制作者は、よい子の皆さんには原作の「山手線の哲」の結末は理解を超えるとでも思っているのでしょうか。

  • 自閉症児を連れて結婚式に呼ばれる

    身内の結婚式に一家で呼ばれた。自閉症児をつれて出てよいのかと不安でもあったが(相手の親戚が偏狭であったら最悪の場合破談に至るかもしれないじゃないか)、既に伝えてあるとのことで、甘えて出させて貰うことにした。媒酌人も新郎新婦もその公的生活での関係者ご一同も医療関係者であるから、自閉症児の振る舞いをみて素人並みに立腹されることはなかろうと腹を括った。
    息子が耐え抜けるかどうか定かではなかったので、舅と義弟も招待して、いざというときの子守役をお願いしておいた。結婚する当事者は私の方に縁の深い人だから、私の身内は子守で中座する訳にはいかない。
    神前の結婚式には連れて入らなかった。式の直前に舅に預けた。いざ会場に入ろうという直前に舅のもとへ連れて行ったので、引き渡しに手間を喰って一同を待たせてしまった。そこで反省の1点目、子守役の人へはさっさと引き継いでおくこと。そのためにも会場に入ってから出るまでのスケジュールを分刻みに確認しておくこと。このスケジュール確認の甘さが後々まで尾を引くことになった。
    式に息子を連れて入らなかったのは正解だった。いったい何がどのように進行するのか私自身知らなかった。結婚式(披露宴ではなくて)に出たのは生まれて初めてである。身内の結婚式にそんなことを言っては失礼極まりないことではあるが、しかし、耐え難い儀式だった。馬鹿馬鹿しいとせせら笑う余裕もない。とにかく居たたまれない。理性の表層をぶち抜いて無意識のレベルで鳥肌が立つというか、視床下部あたりに直接刺激を入れて脳をかき回される感じというか。息子を抑えておくどころではない。自分が走り逃げないようにするので精一杯だ。身内の幸せを願うことと、この式に付き合うこととは、次元の違う話のように思える。私自身は研修医時代にどさくさ紛れで結婚してしまったので式など挙げられなかったが、今にして、あれで善かったと思う。新郎がパニックを起こして遁走しては目も当てられない。
    或いは、その式の開始直前に福岡を震源とする地震の直撃を受けたからかも知れない。10年経つがいまだに揺れるのが恐い。
    披露宴には連れて入った。あらかじめ息子の喰えるもの喰えないものについて伝えておいたので、料理にもそれなりに気を配って頂いてあった。息子もこういうときに生まれて初めてコーンスープを飲んでみたりして、良いところを見せてくれた。出されたものをぺろっと平らげるというのは、案外、学校給食の薫陶かも知れない。給食の時間は特殊学級で一等の優等生である。
    問題点として、最近の披露宴では新郎新婦の生い立ちをスライド上映するのだが、その際に突然会場が暗くなったので、息子は半パニックになり騒ぎ始めた。「壊れちゃった」などと口走るものだから背筋が寒かった。彼は折り紙をさせておくとしばらく集中できるので、準備してあった紙を与えて凌いだ。会場が明るくなってご歓談の時間になったら、後は機嫌良くしていた。
    会場が暗転するとは親も予想していなかった。息子にも暗くなることをあらかじめ伝えておけたらまだ不安も少なくてすんだはずだ。自閉症児の親として未熟なことであった。失敗失敗。式次第を聞き出しておいて、息子が何をすればよいかの課題を準備しておくこと、また暗くなると不安がるのは分かってるのだから暗くなるタイミングをあらかじめ息子に伝えておくこと。以上を反省したのだが、もう身内で息子を結婚式に呼んでくれそうな人は残っていないから、後悔先に立たずってことで、お粗末だった。
    娘が白のドレスで着飾って、花嫁の付き添いやなんかしっかりこなしてカバーしてくれた。いつの間にか敬語で喋ることも憶えていて、父としてはいよいよ鼻が高かった。ただよく見るとドレスの胸元をハンバーグのソースで汚したりしていたのだが、それはまあ8歳のことでご愛敬。

  • 掃除に暮れた休日

    昨夜遅くに九州から帰ってきた。伊丹からMKタクシーの直行便。お一人様2000円で空港ロビーへお出迎えしご自宅までお送りしますというもの。出発の時は自宅まで迎えに来て空港まで送ってくれる。息子をモノレールや電車に乗せてやる余裕のない時には最優先で使うことにしている。
    21日は終日、家の掃除。寝室と子ども部屋とを大掃除である。
    息子がかいがいしく手伝ってくれる。うちの家族で乱雑さを最も嫌うのはやはり息子なのである。ガラクタ類を片端から捨てて、本や玩具をどんどん収納して、床が見えたらそこへ掃除機をかけて行く。ちょっと床が見えたら息子が掃除機を持ってやってきてゴミを吸い取ってくれる。世間一般の10歳男児に比べれば特別上手というわけでもないけれど、集中力が続く時間は健常児よりよほど長いし(娘は要領よくどこかへ逃げてしまった)、なにより親二人が極めて掃除下手だから息子のお手伝いが際だって有能に見える。
    ゴミ袋6個分の廃棄物を出して、丸一日がかりで二部屋片づけて日が暮れた。

  • チャプレン

    キリスト教病院なのでチャプレンという職種があります。病棟付き牧師と訳すのでしょうか。牧師さんです。毎朝の朝礼を司会し、昼過ぎには患者さん相手に礼拝をされます。むろん日曜には日曜なりの礼拝があります。病棟の患者さんを訪問もされてます。ときどき神学部の学生さんが「実習」(って呼んで良いのかな)にお出でです。うちにはホスピスもありますし、チャプレンはそれなりに必要な職種なのだろうと思います。健康保険では点数つかないから収益をあげる部門ではないですけどね。ちなみに24時間オンコール制になってます。午前3時にオンコールのチャプレンを呼ばなければならない状況って具体的に想像つかないんだけど、相当の危機的状況なんだろうなと思います。でも自分が死ぬときには当直医よりはチャプレンさんのお手数を頂きたいかなとも思います。
    NICUでは赤ちゃんが亡くなったときに「お別れ会」をお世話して頂くことがあります。赤ちゃんの短い生涯についてささやかなお話をしていただいて、主治医も一言話して、みんなで「慈しみ深き友なるイエスは」を歌って、小さな棺に献花して、「主我を愛す」を歌って。なんか親御さんよりも俺らスタッフの方が恩恵を受けてるような気分もします。でも亡くなった後のケアまで医者がやるのも僭越なような気がします。みんなの痛手をまとめてケアしてくれる人が別にいるのはとても助かります。
    亡くなった赤ちゃんばかりではなくて、未熟児をご出産になったお母さんやお父さんに日常的に接して頂くのもよいかもしれません。妊娠当初に思い描いた無事平凡でささやかに幸せな出産コースを外れられた喪失感を、多かれ少なかれ味わわれ、心の傷としてお持ちだと思います。でもあんまり押しつけがましいのも嫌われるところで、難しいのだろうなと思います。
    私自身はキリスト教の教義に接したのはこの病院に就職してからでした。あんまり赤ちゃんが次々に亡くなるので落ち込んでしまって、聖書を読み解説書を読みしていた時期もありました。その勉強の過程でつくづく、俺は骨の髄まで仏教徒なんだなと身に染みて思いましたけれど、今でも、かのナザレの大工はいい男だと思っています。

  • 5000円って言ってたじゃないかよ。何で20000円なんだよ。

    日本小児科学会の専門医をとって5年が過ぎて、今年は更新の年。
    5年前に試験を受けたときには更新料は5000円と言ってたくせに、いつの間にか20000円になっていた。5年で4倍もの増額。うわー。そういうのってぼったくりとか言わない?
    払えない額ではないですよ。そりゃあね。払える額に設定するのは基本でしょうし、最初から20000円でも私は専門医を受験したとは思いますよ。であれば20000円をいま支払うのもやぶさかでは御座いません。ええ。払う人間はそういう風に考えるんだろうなと値上げする側が目論むのを世間では「他人の足下を見る」と称してどちらかと言えば卑しい行為の範疇に分類しているなんてことも、私は全然思ってませんですよ。いやいや。振り込め詐欺の連中も金額設定に際してはそのような考え方もするだろうなだなんて一抹たりとも考えてませんですよ。そりゃあ偉い先生方が正規の手続きを踏んでの増額なんでしょうからね。小児科学会雑誌を隅々まで読み込んでなかった私の落ち度で御座いますよ。はい。更新に必要な研修単位が100単位から500単位に知らないうちに上がってたとか言うよりは遙かにマシですよ。今から半年で400単位なんて無理だし。もう喜んでお支払い致しますです。ええ。無事に向こう5年間の専門医の資格を頂いて帰して頂けるのならば・・・ってそんな危ないお店に入ったことは無いですけどさ、似たような心境なんでしょうね。
    ただね、専門医の更新料を5年もたたないうちに5000円から20000円に値上げする学会だっていうのは、事実は事実ですからね。それをどう解釈するかですよね。金額の設定が些かいい加減な気がするんですけどとか、一つの制度の5年以内の経費も見通せない面々が小児医療を語ってて世間様に対して説得力あるんだろうかっていう話も可能かと思いますし、小児科学会がそんなふうだと知った若い連中が小児科を選んでくれるかなと考えるのも可能だと思いますし。いや、滅相もない、私の口がそんなこと言ってる訳じゃないですよ。私はもうしっかり郵便振込で年会費も更新料もお支払いしましたからね。家元、じゃなかった、学会事務局にはちゃんと書類を送らせて頂きましたからね。

  • うちの看護学生とて馬鹿ではないんですよ

    昨日は看護学校で小児科の追試が行われた。今朝出勤してみたら答案用紙が医局に届いていた。封筒がずいぶん厚い。これを採点するのは手間だな。やれやれ。
    23人のクラスで追試の対象者が13人というのは多すぎるんじゃないかと思う。23人中2人が不合格ならその2人が反省すべきである。6人が不合格ならクラス全体で反省すべきである。でも13人も不合格とあっては、反省するべきは教える側ではないかと思う。ちゃんと入学試験を課して、それなりのレベルの学生をお引き受けしたはずだ。教育できると思って引き受けた学生の過半数が、最低限とされるレベルにさえ達していないのである。
    看護学校の小児科の講義は、まず小児科常勤医が4人で「症候と治療」を分担して行う。その知識をふまえて「小児看護」を看護師である講師が別に語る。今回は「症候と治療」のテストの100点を25点ずつ4人で分担して試験を行ったのだが、うち一人の採点が極めて辛かったらしい。過半数に零点がついたと聞く。
    ちなみに私は不合格者を一人も出しませんでしたからね。
    それってあんたの講義をクラスの過半数がひとっことも聞いてなかったってことかい?確かにうちの看護学校は「偏差値の高い学校」ではない。どっちかと言えば滑り止め学校かもしれない。しかし、講義をしたり卒業生とNICUで働いたりしての感想であるが、学生は決して向学心に欠けるわけでもないし怠惰でもない。多少純朴すぎて打たれ弱い嫌いはあるにせよ。
    自分が教えた内容のうち、このくらいは分かってるだろうと推定される内容を問うて、理解度を確認するのが試験だと思う。合否の境界はなんぼ何でもこの位は分かっててくれないとという最低ラインにおくものだと思う。それで試験してみたら大半が不合格だったというのは、それは学生の理解度を見誤っていたということである。自分が想定したほどには学生が分かっていなかったと言うことである。
    自分が語った内容を相手がどれほど理解しているかの推定をこれほど甚だしく誤るというのは、臨床医としての基礎的なコミュニケーション能力に問題があるのではないかと思う。
    看護学校の小児科の講義など、内容においては病児のご家族に語る病状説明と大差ない。看護学生にすら理解させ得ないのでは説明の力が足りないし、相手が分かってないにも関わらず理解されたつもりになっているのはコミュニケーションの力が足りない。そういう人が日々臨床の場でどうやって病状説明を行っているのかと思う。前途を憂えるべきは看護学生ではなくて当院小児科である。

  • 未来の未知性

    ヒラカワの見方より、内田樹先生のお言葉

    そうではなくて、若いときの欲望にドライブされて60歳までの人生を単線的に律したムスターファくんが、「60歳のガキ」になってしまったという悲惨さのうちにあります。
    キャリアパス的思考のピットフォールというのはここだと思います。
    18歳や20歳のときの幼い想像力が描いた「アチーブメント」とか「サクセス」の呪縛に未来をまるごと投じることのリスクを過小評価してしまうこと。
    これに尽きると思います。
    それは自分の未来の未知性、「自分がこの先どんな人間になるのかを今の自分は言うことができない」という目のくらむような可能性を捨て値で売り払うということに等しいのです。

    もう頭がくらくらする。医学生の頃にこういうことを指摘してくれる師に出会えなかったものだろうか。医学部なんて所詮は医学専門学校だしなあ。

  • 一枚全部ディーゼル除雪車の鉄道DVD

    当直明け。夕食後に息子が新しく買って貰ったDVDを出してくる。ディーゼル機関車特集の二枚組であった。うち1枚の鑑賞に付き合う。「白魔と闘う」云々と称するタイトルで、本編74分延々とディーゼル除雪車の映像が続く。マニアにも色んな分野があるものだねと思う。前半がラッセル車。後半がロータリー車。ナレーションは必要最低限だけ。雪の中の撮影で背景音もほとんどしない。静かな雪景色の中を赤い除雪車が雪をまきあげて走るシーンが淡々と繰り返される。美しくはあったが、最後まで付き合ったらさすがに腹一杯な気分だった。
    息子は「三軸ボギーやね」とか言いながら見入っている。機関車の台車が映ると必ず言うので、なにか車輪回りの構造にそういう専門用語があるらしいとみえる。もう一つ彼がこだわるのは「前のライトは白、後のライトは赤」というもの。今回のDVDには一度だけこちらに向かってくる列車の前面に赤いランプが点っているシーンがあり、息子は「逆やね」と呟いて不機嫌な顔になった。滅多に怒りを表さない人だけに、あれはかなり怒っていると見えた。自閉あるいは鉄ちゃんの症状がもう少し重症ならパニックを起こしていたかも知れない。入れ替えかなにかの都合だったのだろうか。いや、べつに糾弾するつもりは無いんですけどね。

  • 市民マラソンによる道路封鎖の中で

    日曜日の朝から例のスライドを持って学会へ行く。自分の発表を終えたら病院へ帰ってそのまま日当直に入る。入ったなり例によってインフルエンザパニックで外来から抜け出せない。お忙しいかぎりの日曜日であった。
    一例報告に今さら手間取ってどうするんだと思って気楽に臨んだのだが、教授が聞きに来られたには予想外で些か驚いた。なにさま教室人事の転勤が厭で、普段から目立たないよう心掛けているから、教授は私の存在すら意識の端にも上らないはずなのだ。でも今回発表した分野は教授の専門との関連は薄いはずだし(それとも川崎病と再生医療って何か関係あるのだろうか)、あれはおそらく俺を見に来たんだろうなあ。そんな悪い評判が立ってるのかな。
    会場を出たら市民マラソン大会で会場前の道路が封鎖されていた。病院へ帰るのに難渋した。徒歩とタクシーで病院近くまで戻ったが、最後の大通りが歩行者すら横断させてくれない。都道府県対抗や高校駅伝と違って参加者の人数が半端でないしレベルの格差も甚だしいので封鎖の時間がかなり長い。横断歩道の袂で延々と待つことになった。市としては京都の一番東側の通りを封鎖しても交通にそれほどの影響は無かろうとの思惑かも知れないが、うちの病院はさらにその東側の大文字山麓にあるのでかなり難儀する。スターリングラードのソビエト軍でもあるまいし。
    こんな時に緊急の新生児搬送が依頼されたらどうなるんだろうと思う。緊急車両が走ってきたら市民マラソンの方を遮断してくれるのだろうか。病院から救急車を出す経路については、路地裏はかなり歩いてみているから、銀閣寺門前から哲学の道沿いに鹿ヶ谷通りを南禅寺まで抜けて云々のコースは一応頭に入れてはいる。でも途中かなり細い路地を走らなければならなくなるし、下鴨や北区から依頼があったときに南禅寺経由では時間が倍以上かかりそうにも思う。
    幸いにこれまでマラソンが邪魔で搬送が手遅れになったことはない。遠回りの十数分が結末に影響するような超緊急の事態と言えば重度の分娩時仮死に限られると思うが、そういう事態ではたとえ最短距離で走れようとも間に合うかどうかは定かではない。やはりここで市民マラソンのコース変更を求めるのは根本的な解決策ではない。米国小児科学会やなんかが言うように、お産の時には新生児の蘇生が出来るスタッフが必ず一人は立ち会うことってのがこれからは大事になってくるのだろうと思う。
    迎えに行くにしても、新生児に挿管のできる先生のところへ行くのはずいぶん気が楽である。むろん、そういう先生は重度仮死は大抵事前に予測して母胎搬送されるからお呼びがかかることはめったにないのだが。