投稿者: yamakaw

  • 映画

    新京極の弥生座で「犬夜叉」と「ハム太郎」みてきました。娘と一緒。あと何年かすればお父さんと一緒なんて絶対厭だと言いはじめるんだからと妻に言われました。そういうものか。
    ハム太郎では松浦亜弥さんが大活躍でした。声優さんの中でも一番台詞多かったんじゃないかな。ハム太郎よりも台詞多かったですよ(ロコちゃんより多いのは当然ですね)。上手でした。松浦さんのファンなら彼女の声に浸りに行ってもよいのじゃないかと思います。
    子ども相手でも直球勝負で言いたいことをきちんと伝える映画って良いなと思います。教育のためとか啓蒙のためとかではなく、制作者が本当に伝えたいことを子どもの目を真っ直ぐ見て伝えようとする映画だったと思います。2作とも。そういう「真面目さ」を私は昔からずいぶん茶化してきましたが、大事なことだよなあと今さら思います。おじさん化してきたのでしょう。
    おじさん化といえば、ハム太郎に出演するまいど君の親父ギャグなど、ファンには「お約束」のシーンはいくつも出ていたのですが、最近そのマンネリに素直に笑えるようになってしまいました。そのうちバナナの皮で転ぶギャグを見ても笑えるようになるかも知れません。かなり危機的におじさん化してます。大人になりきらないうちの「おじさん化」ってのが危機でなくて何でしょう・・・そのうち「演歌っていいよなあ・・・」とか言い出すかもしれません。
    帰り道、お腹が減ったねと言ってピザ食べ放題屋さんに寄ってきましたが、こういうときこそ「大人の行く店」にきっちり寄って娘の度肝を抜いておかないと中学生くらいになって親を舐めだしたときに同級生の彼氏の小遣い程度で行けるデートコースで舞い上がっちゃうことになるのかなとか、後で思いました。
    頭が寒いよねと新京極の帽子屋で毛糸の帽子を新調しました。頭蓋骨の下に大腿骨二本ぶっちがいの海賊マークの帽子もあって、松本零士さんみたいで良いなあと思いました。ただ病院にはかぶって行けませんよね(医者がそういう帽子かぶって出勤してきたら引くよね)。「ブラックジャック」って海賊旗という意味もあるんだからという言い訳は通じないよね。

  • 看護師さんの仕事は途切れない

    この子はいよいよ救命不可能だと、診断をつけてしまった後、気がついてみるとその子の保育器のそばに自分は足を運ばなくなっている。かつては徹夜で張り付いていた事もあった子の、保育器のそばに行かなくなっている。
    これはどうしたことか。我ながら不甲斐ない。

    (さらに…)

  • 今さらですが

    悪臭漂ってるのは事実ですから
    今さらですが、廊下に悪臭が四六時中しているという訳ではありません。読み返してみて、何だか24時間延々と便臭がしているような書きようだなと思いましたので、それではうちの病院の評判を不当に下げるだけだから付け加えます。マッチポンプで恐縮です。
    むろん、たまにだから良いよねって話にはならんとおもいます。院長室から院長の大便の臭いが漏れ出てくるってことは無いわけですし(もしもそんなことがあったら、少なくとも、たまにだから良いよねって考える人間は誰もありません)。
    研修医に成り立てのころは、小児科病棟に漂う蓄尿からの尿臭に驚きました。1ヶ月くらいで慣れましたが、それは感受性が鈍っただけでしょう。病院に慣れない人の鼻は私の鼻よりもこの手の病院特有の悪臭に鋭敏なはずです。ひょっとしたら、四六時中じゃないと考えるのは私の鼻の甘さかもしれません。鼻が鈍ってない人が嗅いだら四六時中なのかもしれません。それを自戒しておかないと、油断につながってしまいます。

  • 評価する者は誰か

    「尊厳死」の法制化で「この死に逝く人の死には尊厳があった」とか「なかった」とか言う立場に想定されている人って、なんとなくですが、「数年来連絡とってなかったけど危篤の知らせを聞いて駆けつけてみました」みたいな縁の方々であるように思えます。
    あくまで何となくな感想なので別稿にしました。

  • 悪臭漂ってるのは事実ですから

    死ぬときだけ格好良くってもねえ・・・
    患者さんたちにとっては、排泄物と口臭の匂いの中で寝かせられているという事実は変わらない。スタッフが「見えにくい努力」を重ねておられること自体があの臭い部屋で寝かされている状況に幾ばくかでも尊厳をもたらすことが出来るかって、全然そうとは思えない。患者さんにとっては結果が見えてこその改善です。それと、個人的には、ウンコの臭さを改善するのにウンコの除去ではなく臭くないウンコをさせる方策ってのは、手間の改善にはなるんだろうけどあんまりそのウンコをお尻にくっつけたままの患者さんの「尊厳」の改善にはならんような気がします。
    あの悪臭がうちの病院のケアが愚かなためなのなら院内の経路で業務の至らなさを締め上げていけば良いわけですが、そんな身内の恥だけの事なら身内で処理します。わざわざブログに書くほど興味を引かれません。でも老人全員の歯を磨いて排泄のたびにおむつを替えてという基本的な手間を掛けられる人数比ではないのは見てて分かりますから、これはもっと根源的で大局的な問題だと思ってます。
    1対1看護のNICUから見てると想像を絶しますね。
    解決の努力が続けられている問題には指摘を避けるのが礼儀かも知れないけれど、みんなで礼儀正しく百年河清を待ってた挙げ句にこういう尊厳死みたような上滑りな議論が沸いて出てきたわけで。御言及のリソースの問題でも、その少ないリソースを改善しようとする法案は出ず医療費の削減ばかりが声高に叫ばれるなか尊厳死の法制化は出てるわけでしょ。法制化に絡んでる人たちって多分そういう病棟の匂いを嗅ぐ縁のある人たちじゃないのではないかと。それと、尊厳死ってのは幾ら推進したところで医療費の増大につながる訳じゃないので、議員立法しようとしても厚生労働省のお役人たちが慌ててやってきて潰しにかかるってわけでもないのでしょう。

  • 狙撃銃は遮蔽物の後から撃つこと

    ディスクのトラブルで進行が止まっていた「ラチェット&クランク3」も父子で着々と進行中である。
    息子のゲームを傍から見ていると、敵に丸見えの位置から狙撃銃(照準用の望遠鏡を背中に乗せた単発の銃ですな)でねらい撃とうとする。当然、照準器の向こうから敵がぼこぼこと撃ってくる。敵弾に当たると当然ダメージを受けるし衝撃で照準がずれるからこれは武器の選択として極めてまずい。まずいのだが諦めようとしない。甚だしきは数歩先の角から飛び出して向かってきている敵をおもむろに狙撃銃で撃とうとする。照準をつけて発射するまでに相応の時間もかかるし撃ったとて連射が利かないから一撃で倒せないと後が辛い。そう言うときは低反動で連射の利く突撃銃で撃つのだといくら言っても聞かない。
    自閉症のこだわり行動で特定の武器にこだわっているのかと思っていたが、別のメカニズムもあるようだ。変装して敵を騙し警報を切らせたり扉を開けさせたりする必要のあるとき、敵の目の前で変装に取りかかっている。敵は当然こちらの正体を見破って攻撃してくるのだが、それでも変装した姿のままで反撃もせず敵に挨拶を続けてしまう。
    多分「敵の視点」が分かっていないのである。

  • 死ぬときだけ格好良くってもねえ・・・

    『尊厳死』について
    僕が死ぬときは盛大に蘇生の練習をしてください。
    挿管がうまく出来ない研修医を連れておいでなさい。
    点滴の調子が悪い看護婦さんもおいでなさい。
    人の死ぬところを見たことのない若手はみんな来なさい。
    僕も患者さんたちに教えて頂いたのだから。
    ただし
    僕が死ぬまではうんこ臭い部屋には寝かせないでください。
    個人名を使って敬語で話しかけてください。
    大便と口臭の息詰まる誰も僕の名前を思い出せない老人病棟で死に逝くときに
    ラインの数が一本二本少なかったから尊厳ある死だったなんてほざかないでください。

  • お片づけ

    医局のデスク回りを整理整頓する。ひたすら「捨てる」作業である。読まない古雑誌やら、主旨の興味深さと症例調査の手間とが釣り合わなくてほったらかしていたアンケート依頼やら、強引に製薬メーカーがおいていった販促パンフレットやら、片っ端から捨てる。
    およそ整理整頓は苦手で、幼い頃から母を嘆かせていた。妻は家の中が散らかっていても姑に何も言われないぶん気楽そうである。今日もゴミ箱が一杯になったのを言い訳に途中でおいて帰ってくる。どうせ医局で座ってられるご身分じゃない(その割によく座ってさぼってるけど)。
    なんとうちで一番片づけるのは自閉症の息子だったりする。親がとっちらかした書籍類を本棚に片端から詰め込んでくれる。とうぜん内容なんて知ったことではないので配列は無茶苦茶、有り難いような迷惑なような気分であるが、文句を言えた立場ではない。常々、構造化の出来ていない環境で自閉症児を育てるのは虐待同然と仰っておられる門先生にばれたら激怒を呼びそうである。

  • 寒さに強い自閉症児

     11時近くに帰ってみると息子がまだ起きていた。夕寝をしたなり目が冴えてしまって寝付けないらしく、布団の中にサイボットを持ち込んでドライバーでこちょこちょ弄っていた。
     この冬の夜にタオルケット一枚しか掛けていないから、さすがにそれは寒かろうと布団を掛けてやるのだが、怒ったように蹴り剥いでしまう。彼は妙に薄着である。この真冬に学校へ行くのもTシャツで行こうとする。長袖を着せると腕まくりして帰ってくる。上着を着せても脱いで手に持ってくる。
     ヨーロッパには、浮浪者じみた生活をして無欲清貧さで当時の人々の尊敬を集めてはいたが現代の目で見ればどうも自閉症だったんじゃないかと思われる人の記録があるという。うちの息子みたいな暑がりな体質だったのだろうかと思う。でも向こうの冬の寒さってただ事では無いらしいし暑がり寒がりで説明できる話かどうかよく分からない。そういえば食事も息子は自閉症のこだわり行動的な偏食もあって毎日同じものを喰って満足しているので、知らない目で見たら無欲で清貧に見えないこともない。
     サイボットは作ることはもの凄く手早く毎号のパーツを作るのだが、次のパーツが届くまでに弄り倒すものだからまともに動いているのを見たことがない。このあいだ、「動くのかそれ?」と聞いてみたら、持って遊んでいたサイボットを床において押して見せて「手で動く」と答えたから本人もたぶん見たことがないのだろう。

  • 医者の仕事の配分

     8時に出勤してみたら小児科の女医が医局のラウンジでテレビを観ていた。病棟に受け持ち患者が一人もおらず、管理職でもなく、研究活動をやっておられる訳でもなく、出勤後いきなり仕事が無いのである。私はと言えば前々日は宵の口に超未熟児の双子の受け持ちになって徹夜して、その明けに今度は呼吸困難の仮性クループの子まで抱え込み、前日は這うようにして帰ったのである。ちょっと不公平なんじゃないかと思う。働けば働くほどなお一層働くことを義務づけられるのが医者の仕事配分なのだとは10年やってて今まで知らなかったわけではないけどさ。診た患者さんの人数とか重症度とか出来高だとかで給料が決まるわけでもないのにね。能力に応じて働き必要に応じて受け取るってのは共産主義の究極の理想だが、うちはたしかキリスト教病院のはずなんだけど。
    どんな職業であれ徹夜で働くことは時にはあろうし、今さら怠けたいとか働きたくないとか臆面もなく言えるほど誇りを失ってもいないつもりではある。しかし公然と遊んでいられる人があるのと全員が目一杯頑張っているのとでは無理して働くときの納得の度合いが違う。こと私自身に関して言えば、不平不満の度合いを決めるのは仕事の絶対量ではなくて(何だかんだ言って嫌いな仕事ではないしね)配分の不公平さの程度のようだと自覚している。凡人だよなあとは自嘲してしまう。
    まだ若手が配属になってなくて、入院患者はみんな私が診ることみたいな雰囲気だった頃、配分に不平を言ったら、部長に、まるで彼は診療能力を欠いているからみんなでお手伝いしようみたいな言われ方をされた。俺たちは本当は働く必要がないんだけどお前が辛いなら親切にも手伝ってやると言われたような気がした。それ以来、他の医者の前では心して文句を言わないようにしている。ただ、いちどゴミ箱を蹴り倒したのを病棟主任に見られた。ばつが悪かった。