送り出す

来月のシフトを組みながらまた頭を抱える。回らん。

2年間にわたってがんばってくれた若手を、来月は送り出すことになるわけだが、送り出してしまうとなお回らない。

しかし彼の成長のためには送り出した方が良いというのも事実だ。2年間うちにいて、新生児によくある病気はひととおり診たはずなので、今はひたすら経験の量を重ねて質に転化させるべき段階に来ている。ということで、いよいよ大きなNICUサイトへ向けて送り出すことになった。そこで今以上に幅広くたくさんの症例*1を診てゆくうち、ふと気づくと現時点よりも一段も二段も上のレベルから全く違った世界が見えているということになるはずだ。

うちの施設にとっては、あるいは端的に申して私にとっては、出て行かれるのは痛いことだ。でも、痛いと言ってうちの都合で長居をさせようとしても良い結果にはならないだろう。気持ちよく出て行くか、喧嘩別れして出て行くか、無理やり引き留めていやいや仕事を続けさせるかの三択になりそうに思う。それなら気持ちよく送り出す方が良い。

内田樹先生のご高説にもあるとおり、どうしても欲しいものがある場合に、それを手に入れる唯一の方法は、まず自分からそれを他に贈与することだ。私は内田先生ほどに学識も人生経験も積んでいないが、たぶんこれは本当のことだよなと思う*2。優秀な若手ほど欲しいものは無いとしたら*3、それを手に入れる唯一の方法は、たぶん、うちの優秀な若手を良い時期に他施設へ送り出すことなんだろうと思う。

逆に、実も蓋もないことを言えば、あの施設へ行ったら延々放してもらえず飼い殺しにされるとかいう評判なんぞ立ってしまったらもう救いようがない。

*1:赤ちゃんを「症例」と呼ぶことに不快を感じられる読者諸賢もおありかと思い普段は控えています。すみません。

*2:そうささやくのよ、私のゴーストが。

*3:もちろん優秀なベテランならさらに大歓迎だけれども奇跡とか天変地異とかは語っても仕方ない。

腹囲が5cm増えていた

半年おきの職員健康診断で、腹囲が5cm増えていた。

前回は8月の健診で82cm、今回は87cm。計り直すのも沽券に関わるのでそのまま記入してきた。

前回は4月から7月まで4ヶ月間、ほぼ毎日大学まで自転車で往復していた時期の直後であった。今回は寒いよとか暗いよとか言ってあんまり自転車に乗っていなかった。でもここまで太るか?中年ってすごいなと思った。

体重がほとんど変わっていないのにむしろ危機感を持った。腹囲が5cm増えた分、身体のどこかが減っている。間違いなく筋肉が落ちている。

だんだん日も長くなって、朝夕に自転車に乗る時間もできてくるはず。トレーニングしないと。

再開

いろいろあって毎年この時期はぐだぐだするんだけれども、気を取り直すことにして。と、なにか気の利いたことでも書こうと思ったが、何も出てこない。

新年会

先週末には大学の新生児の勉強会と、地元の医師会の新年会に、続けて出た。むろん大学にしてみれば地元の医師会の催しなどはなから眼中にない。私自身、昨年までは医師会の新年会など平気で無視していたのだが、さすがに対外的なことも考えなければならない立場になった。おかげで勉強会には一人だけ背広にネクタイだった。

医師会の新年会は初めて出たのだが、最初の乾杯がビールではなくてシャンペンだというのが象徴的だった。私世代はまだ小僧扱いである。年配の人が多いのだが、そのぶん皆さん年相応に食欲が上品なようで、その中で一人がつがつするのも憚られた。主だった先生方に現部長から紹介してもらって挨拶して、早々に引き上げてきた。唯物論的にはシャンパン1杯、蕎麦1椀、寿司3個で1万円。参加費は病院からおりるらしいが、これが自腹だと辛いな。

なかにロードバイク乗りの先生があって、自転車の話をした。乗れば乗るほどに確実に強くなるからとアドバイスを受けた。自転車乗りの先達と話をするのは初めてで楽しかった。気持ちの上では黒字な会合だった。

年末の大雪

本日から明日にかけて、京都では雪が降り続くとの予報である。じっさい医局の窓から見える景色は一面の雪景色である。眺めているだけなら風情があっていいが、この中を新生児搬送に呼ばれたら苦労するだろう。眺めの良い土地というのは遊ぶにはよいが住むには向かないことが多い。

ひっそりと一年をふりかえっているわけだが、じつにいろいろなものが壊れた一年だった。テレビも壊れた。風呂のガス給湯器も壊れた。あまり暑くて数年来使っていなかったエアコンを動かしてみたらこれも壊れていたことが判明した。息子のベッドも壊れた。浴室の排水路も詰まって溢れていた。そのほか諸々。大学NICUに研修に行って鼻っ柱を折られたなどという抽象的なものもある。

こうして書き並べてみるとつくづく大変な一年だったと思う。この不景気にこのようなトラブル続きのなかで、なんとか経済的には困窮することなく切り抜けられたのは幸せだった。それになにより、家族や周囲の人々の健康が損なわれなかったことが良かった。実のところは全く無傷というわけでもなく色々奔走したこともあったのだが、一段落してみると一病息災の範囲にぎりぎり納まった。ありがたいことだと思う。不運だったという感覚はほとんどない。むしろこれだけ色々あったのに平穏な年末を迎えることができて幸運だったと思う。本当にありがたいことである。

忘年会

病院医局の忘年会だそうだ。ひどくだるい。2〜3週間ほど休日なしだったところへ土曜日曜と昼夜逆転してしまってだるいのか、それとも今日は忘年会だと思うからだるいのか、よくわからない。診療以外のことで拘束しないでくれよというのが本音である。

この雨降りに聖護院まで行くのかよと思うとげんなりする。晴れた気持ちのよい日に雲ヶ畑とか大原とか自転車で行くのはぜんぜん遠いとは思わないけど、雨降りの夜にボーネンカイでと思うと聖護院は遠い。

そこで患者さんにかこつけてさぼることにする。日中に来院された子が入院することになったので、その子の診療と称して土壇場キャンセル。

そもそもこの病院医局の宴会は気にくわない。何が気にくわないって、もう十年以上前のことを執念深いけど、私は自分の歓迎宴会を欠席して当直していた。なぜって当時の小児科常勤は4人で、一人は副院長・もう一人は医務部長で偉い人だから立場上歓迎会を休むわけにはいかず、もう一人は女医さんで帰りたいから、私しかNICU当直をする人間がいなかった。

自分の居ない宴会でどういう歓迎を受けたんだかよく分からない。どのみち私のようなコミュニケーション障害者にとっては、宴会は「来なくてよい」と言われるのが最善なので、おそらく最適な歓迎会をやっていただいたということになるんだろう。「ここで自己紹介を兼ねて隠し芸をひとつ」などと言われたら翌日から出勤拒否することになっていただろうし。

緊急母体搬送

緊急母体搬送の依頼があった。京都中のNICUに空床がある中でうちに声を掛けて頂いたのが嬉しい。

11月末から連続して何人か赤ちゃんをお引き受けしたのだが、たいへん幸いなことに皆さんどんどん治って行かれる。いまだに空床は多い。病院経営層は苦虫かもしれないが、思うぞんぶん紹介を受けられて、新生児科医としては幸せな状況だと思う。

場末場末と卑下してはいるが、外科的合併症のない早産体出生体重の切迫早産だと、うちは総合周産期母子医療センターとならんで受け入れ先の第一か第二候補にあがるべきポジションにあると自負している。大学には大学の役割があるから、大学よりは先にうちが引き受けるのが地域のリソースの有効利用だと思う。

デザイン変更

ブログのデザインを「breeze」から「hatena2-white」に変更した。自分のブラウザは字を大きくする設定にしていたのだが、デフォルトに戻してみて、自分のブログの字の小ささに唖然とした。そろそそ老眼も入ってくる年齢なので小さい字は多少辛い。

あまり色使いが派手でなくて、しかもクールなデザインがほしいのだが。hatena2-whiteもちょっと垢抜けない気がして、しばらく模索することになりそうな気がする。

つまらない模索だけれど。

子供を泣かさないで診療する

北斗神拳の伝承者争いで、師が見守る前でラオウケンシロウが虎と対決するというシーンがあった。虎はケンシロウの前ではおとなしく頭を垂れたが、ラオウには襲いかかった。ラオウは虎を一撃で倒し、虎にすら見くびられるケンシロウではなくて自分に跡目を継がせたらどうだと先代に言った。師の見解としては、虎はラオウの前では死を恐怖したがケンシロウの前では観念した;従ってケンシロウの拳こそ真の暗殺拳だ、とのこと。

小児科の外来をやってると子どもにひどく泣かれることがある。とくに予防接種のときなど、これでもかというくらい泣かれる。逆に不思議に泣かれないで済むこともある。どういう事情の違いなのかよくわからない。なにかラオウケンシロウの違いのような、こちらの態度が相手に伝染するようなところがあるのかもしれないと、ときには考えてしまう。自分の心身の調子がよいこと、外来がそれほどだれず焦らずのほどよい混みかたであること、など、子どもを泣かさないいろいろな条件はありそうな気がする。

その点、予防接種外来は次々に処置していかねばならないという焦りはある。他の医師の予防接種外来と並行して隣のブースで一般外来をやっていると、隣のブースから殺気が溢れてくることがある。医師や看護師や親御さんや子どもの、焦燥やら恐怖やらあれやこれやの感情が入り交じり増幅し合い、うっかりブースに入ろうとしたら無数の拳に反撃されるんじゃないかと思うほどの結界をつくっている。あれじゃ泣くわと思う。一般外来で診ている子までおびえてしまう。

自分がその渦中にあれば為す術もなくやはり泣かせてしまうんだけど、最近ちょっと考えているのは、平然と当たり前のことをするような態度でいたほうが、子どももかえって落ち着くんじゃないかということ。穏やかな声や笑顔と流れるような所作で、しごく当たり前のことが行われているのだという雰囲気を演出すること。

ちなみに、自分自身の記憶として、転んだあと初めて泣かずに立ち上がれたときのことと、予防接種のあと初めて泣かずにいられたときのこととは、いまだに鮮明に記憶している。そのときの幼稚園の情景、園庭で立ち上がったときに膝小僧に付いていた砂とか、集団接種の行われた教室の壁の棚と流し台とか、絵に描けそうな気がする。泣かずにいられるんだ、という、我がことながら予想外の事態の驚き。痛いことをしなければならないのは実際のところ恐縮なのだが、いろいろな疾患への免疫に加え、そういう成功体験もおまけで持って帰ってもらえたらいいなと思う。

本当に自分の治療で治っているんだろうかと思うこと

病院で一般小児科外来をしていると、「近所の・・・先生にかかって薬をもらったけど治らないから」という受診が相当数あるんだが、拝見しながら、この子が来なくなったことで、近所の先生はこの子が自分の処方で治ったと思っておられるんだろうなと、考えたりする。近所の先生を腐すまでもなく、私自身、再受診しない子は改善したから来られないんだと考えがちだけど、私のところで治らなかった子がたとえば日赤とか市立病院とかけっこう流れてるんじゃないかと思ったりもする。

内科の先生方はそうではなかろうけれど、小児科医は来なくなった患者は治ったから来なくなったんだろうと考えるのが習慣だと思う。とくに一般外来の大多数を占める急性疾患については。それが陥穽になってることもあるんじゃないか、と、十年一日のような近医処方を拝読しながら考えたりする。これで治ると思っておられるんだろな、と。感冒の子にことごとく第3世代セフェムの経口薬が出してあったり、そのほかもろもろ。

こうやって患者さん側の判断で受診先を変えられると、診療内容にフィードバックがかからない。フィードバックがかからないと診療が上達しない。診断も、処方内容も。地域の医療機関のあいだを患者さんが順繰りに移動していくことで、地域の医療機関の診療レベルが妙に低いところで均衡したりするんじゃないかと懸念する。

とは言っても、受診先を制限することでこの均衡を打破して診療内容が向上するかというと、そうでもなくて、小児の自然治癒力はものすごいものがあるから、どんなへぼい処方でも治るものは治る、というか、有り体に言ってへぼい処方にもかかわらず治ったりする。そういうのを自分の治療のおかげだと思ってると、狭い井戸の中で勘違いをして独善的な診療を続けることになりかねない。

一番いいのは、先生のところにかかった患者さんがこのように仰って私のところに来られたよ、という情報がやりとりできることなんじゃないかと思う。そういうやりとりを活発にできるような雰囲気のある土地では、診療レベルが上がるんだろうなと思う。