カテゴリー: 日記

  • 撤退戦

     超低出生体重児の入院数が少ないまま年をこした。新年度からは医師数が減ることになった。今後の自分の仕事は撤退戦の指揮ということなんだろうな。

     総病床数が200にも満たない小さな私立病院が、当地ではまったく手つかずだったNICU医療を手がけて、医療的には多くの赤ちゃんをお世話できたし、商売的にはまったく手つかずの市場に一番乗りで濡れ手に粟の収益があがった。たしかこういう状況をブルーオーシャンと呼ぶのだよね。

     しかしその後、「なんだああやればいいんだ」とばかりに大規模病院がつぎつぎNICUに参入してきた。当地に一個もなかったNICU認可病床が、今では厚生労働省の目標とする出生1000あたり3床を上回るほどまで充足された。となると、どうしても、小児外科も心臓血管外科もいつだって緊急手術できます的な、うちでは病院の総合的な体力としてとうてい追いつけない大施設に、主流を奪われる形となった*1

     「お医者様」水準の世間智しか備えない身で、他の業種の商売にはむろん疎いから根拠のない想像だけでこれから先を語るが、おそらく私らがここまでやってきたことはたぶん「ベンチャービジネス」だったのだろうと思う。であれば、他の大規模施設が台頭してきた時点で部門ごと売却して病院には投資した資本の回収を、俺ら職員は新たな雇用先をというのが、いわゆるベンチャービジネスの王道だったのだろうと思う。我々の業界でそのような部門のリストラが可能なのかどうかはよくわからんが。

     主流ではなくても地域周産期母子医療センターとして、地道な周産期医療を着実に継続するというのが次善の策ではあった。しかし少子化の進行が予想よりも早かった。不妊治療における多胎妊娠の抑制や新生児蘇生法の普及など、産科医療の進歩も手伝って、極低出生体重児も新生児仮死も入院症例ががくっと減った。これは世間的には大変に良いことだ。しかし他人様のトラブルをメシの種にする不浄な職業としては、メシのタネが減るというのは、喜ぶにしても手放しではいけない。何らかの対策が必要となる。

     えげつない言い方で多くの読者諸賢にはご飯が不味くなるかもしれず恐縮ながら、もはやうちの施設にとって新生児医療はブルーオーシャンではない。他分野以上に人件費を喰う(3対1看護ですよ。小児科医24時間専従ですよ。)部門ブルーオーシャンではなくなったときに、それでも今まで通りにNICU医療を看板に押し通していくのが良いことなのかどうか。儲からなくなったらベンチャービジネスなんてやってる場合じゃないのではないか。本業の、小児科一般の地域医療の需要にきちんと応えているかどうか足下をしっかり見なおす時機ではないか*2。小児科地域医療の一部門としての周産期新生児医療はなくてはならない部門だが、そこに傾注するあまり他の分野が手薄になってはいないか。新生児専門医以外の面々が傍流に居るような気分を味わってはいないか。そのあたりを見なおす時機なのだろうと思う。

     その当たりを見なおして、ブルーオーシャンを見限って地道な方針に立ち返った場合、傍目には先代が立ち上げたNICUを寂れさせた凡庸な後継者っていうふうに見えるんだろうとも思う。まあ悪名は覚悟しておかんといかん。

     

    *1:私自身はうちのNICUの創生期の数年を、先代部長と2人でつくった若手の医師が他施設に去るときに(それは長年のご希望の最先端施設への転勤だったから栄転である)その替わりとして赴任してきて、そのうちに部長職も引き継いで、絶頂期からだんだん日が陰る様子をここまで見てきた。まあ個人的には、「売り家と唐様で書く三代目」じゃなかろうかとの批判は甘受せざるを得ないとは思っている。

    *2:あえて時機と書く。

  • 眼鏡を更新したら頭がよくなったような気がした

    小さい字が辛くなった。静脈留置針の針先がはっきり見えなくなった。これは新生児科医として現役をつづけるのにかなりな障害になるので、観念して眼鏡を更新することにした。

     

    眼鏡の処方を目的に眼科へ行った。説明として、あなたの目は右目が目の前30cm、左目が40cmのところにもっとも焦点がよく合う目だと言われた。近視の病態はそういうものだと眼科の講義では習っていたが、そのとおりの表現をはじめて聞いて新鮮な気分がした。いまの眼鏡はそれが5mのところに焦点を合わせるような眼鏡であるとも言われた。そんな遠く用の、あたかも壁を透視するような眼鏡をかけては手元の作業がしにくいのは当然です、とも。あらためて、1m用の眼鏡の処方を書いて貰った。

     

    1m用の眼鏡をかけると、当然のことながら病院内を歩いていてさえ、壁がぼやけて見える(自宅は狭いのであまり関係がない)。にもかかわらず、手にとった医療器具や本はくっきり見える。あらかじめその辺に目の焦点があっているところへ対象物が入ってくるのだから当然の現象ではあるが、不思議な感覚である。

     

    本や画面に視線を向けてから、その内容が頭に入るまでのタイムラグが、眼鏡をかえてから実感をもって短くなったように思える。記載の内容が向こうからこっちの脳へ飛び込んできてくれる感じがする*1。がぜん、自分の頭が良くなったような気分になる。

     

    良い気分かというと複雑なもので、さいきん本を読んでも頭に入らないしすぐ疲れるし、知性の老化というのはこんなに早くくるものなのかと気が滅入ったりしていたのである。なんだよ老化していたのは目のほうかよと。老化には違いなくとも、まだおおもとが思っていたほどには悪くなっていなかっただけ、まだ宜しいというところ。

     

    ちなみに私はいま40歳代半ばなのだが、読者諸賢におかれてはこの年齢付近で「さいきん年取ったかな」という知性の不調を自覚された場合、眼科受診もひとつの方策であるとおすすめしたい。

     

    時期的にはちょうど消費税の税率が上がる直前の購入で、周囲は私の眼鏡がかわったのは駆け込み需要だろうと思っているだろう。みみっちい奴だと思われるのがよいか、そろそろ老いぼれてきてるらしいよと思われるのがよいか、決めかねているので職場ではとくに釈明はしていない。

    *1:そういう感じがしますよと眼鏡屋の主人に言われたので暗示にかかっているのかもしれない。

  • 1日休めば2日目が欲しくなる

    月に1日でいいから休みたいとか思ってて、その休みが過ぎてサザエさん時間帯になると、ああ週休2日って憧れるよなあとか、思ってしまう。でもたぶん土日と休みがとれたら(ってのはうちの病院に勤めてる限りは土曜半ドンなんで無理なんだが)、こんどは毎週末に休みが欲しいなあとか思うんだろう。世間には働く日数が1日減ったら収入が1日分減って困るような立場の人もあるというのに。

    でもまあ派遣の人に申し訳ないから土日も返上して働けってのは違うとも思う。

  • あと3日で2月は終わる

     あと3日で2月は終わるので、今日は午前中の外来を済ませて午後は延々と来月のシフト組み。組んでも組んでも次の月が来て、次のシフト組みになる。砂上の楼閣。シーシュポスの神話。

  • 息子の舞台はこれが最後らしくて

     特別支援学校の課外活動でやってる和太鼓の舞台が、卒業前なんで今日が最終らしい。山科まで舞台をのぞきに行ってみたら、ソロなんかとってて以外にやるなと思った。そういえば俺も高校の吹奏楽部では課題曲に2小節だけソロがあったな。親子で似たようなことをやってるんだなと思った。

     舞台は障碍児教育の流れじゃなくて、地域のいろんな演芸活動の合同発表会の一演目みたいな様子だった。落語で長屋の面々が長唄やったりする伝統の延長なんだろうかと思った。さすが都はいろいろと文化活動も盛んなんだな。

  • 今月唯一の休日

    身内に不幸があって忌引きを頂いたりしたとはいえ、それでも身内の不幸に関して代行を手配しないと帰省できないような業務を休日に抱えていたりはしたわけで、今日明日は今月の週末において唯一、業務を抱えない土日である。土曜午前中の外来を済ませたら、そのまま月曜朝まで義務はない。

    土曜午前の外来は11時が受付締切だけど、11時が受付締切の外来は10時50分に駆け込んでくる人があるのは当然のことで、そういう人に点滴をして2時間待ちで帰宅が2時になるのはまあご愛敬。帰ろうかと思っていたところにNICU当直医が新生児迎え搬送の依頼を受けたりして、迎え搬送の間の留守番を、既に帰宅済みの自宅待機番の医師を呼び寄せていてはそれだけ迎えが送れるので私が代行したりして、連れてこられた赤ちゃんの入院時処置に目鼻がつくまでは帰ろうに帰れなかったりして、ずるずると月1回の休暇が削られていく。

    医者仕事とはそういうものかもしれない。そういうものだと納得しないような不心得者に医者の資格はないと、お叱りはあるかもしれない。まあ、そういうものだということにしておこう。And so on. そういうものだ。

  • 当直明け 暑くて地方会ゆけず

    当直明けの朝に院外からの新生児入院が1件、院内での緊急帝王切開がもう1件。多少ばたばたした休日の朝だったが、無事に明けて帰宅した。

    小児科学会の地方会があって、うちからも演題が出ているので、行かなきゃならないなと思いつつ昼寝をしていた。蒸し暑いのとだるいのとで起き上がるにも辛かった。結局、せっかく起きたのに自転車の鍵が見つからず、何とはなくスルーしてしまった。若手には申し訳ないことをした。広節裂頭条虫の駆虫のお話なんて、会場からそんなおかしな突っ込み質問はなされないはずではあるのだが。

  • 地下鉄で

    東京は行くたびに狭くなっていくような気がする。東京駅で地下鉄に潜り、新宿で上がる。新宿から渋谷、渋谷から品川。何処で上がっても同じような眺め。地形のなかに自分をマッピングできない。なんとはなく土地と切り離されたような。

    自分が地理的に移動していると保証してくれるのは、地下鉄のなかで感じる加速度だけ。窓の風景が変わらない地下鉄でしか、移動しているという実感ができない。おかしな町だと思う。

  • そういえば夏ものの背広を持っていないな

    昨日の発表も寒かった。内容もさることながら、会場の室温がひどく寒かった。半袖のボタンダウンのシャツで出たんだが。気を利かせた運営側が毛布を配っていたがね。なんで冷房の効いた会場で毛布かぶってなきゃならんのか。

    今は何月でここは何処だよと思った。5月の京都だよな。1月の京都でもないし、5月の昭和基地でもないんだ。

    やっぱり夏ものの背広を持ってないってのが宜しくないのかもしれない。そういう馬鹿馬鹿しいものが世の中にあるんだなんて、迂闊なことに私は知らなかった。買わなければいけないのかなとも思ったが、今の今までポロシャツで押し通してきててこのご時世にかよと今さら感も強い。デパート業界ではクールビズとやらを売りたくって仕方ないらしいけど、背中がシースルーの上着なんて40過ぎた男が着れるか? このまえ「絶望先生」に出てきた「タンクトップの官房長官」並みの恥ずかしさじゃないか。

    いいかげん、暑苦しい格好やめましょうや。

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    私はこっちが欲しいんだ。

  • しばらく沈黙しています

    しばらく沈黙しています。震災に圧倒されて言葉もなかったためなのですが、自分も赤ちゃんの蘇生中(とくに重症な場合)などに傍からわあわあ言われるのをひどく嫌がる性分なので、無用の雑音をたてないようにというつもりもあります。

    犠牲となった方々のご冥福をお祈り申し上げます。

    被災地の皆様の生活の安定をお祈り申し上げます。

    救援に向かわれた方々のさらなるご健闘をお祈り申し上げます。

    福島第一原発でご健闘中の方々や周辺の皆様の被曝が最少となりますよう、お祈り申し上げます。

    語り得ないことには黙っていようと思います。しかし、いま自分が語り得ることはどれもこれもひどく些末なことのように思えます。