• 戦艦大和

    クイズです。右寄りにあって普段は役に立たないけど、ときに暴れ出すとはた迷惑でつまみ出されるものってなんでしょう。

    戦艦大和 (講談社選書メチエ)

    戦艦大和 (講談社選書メチエ)

    左京図書館の書棚にあったので、予約本を受け取るついでに借りて読んでみた。

    政治的に中立で客観性を重んじて記載すると宣言する書物の常で、めいっぱい政治的立場が入っていた。大和の建造にあたった人々の機密保持や優れた工程管理を褒め称え、乗組員の「愛国心」をも褒め称えている。特にこの愛国心が戦後軽んじられる傾向にたいして悲憤慷慨の念に堪えない模様である。

    しかしその「愛国心」と行っても、それは生存者の戦後の証言や遺書が主な根拠なのだが、いかにも資料収集の段階でバイアスがかかる状況だと思う。大和沈没に際して亡くなった人たちの声なき声を聞かないとなかなか全体像はつかめないんじゃないか。乗組員3000人のうち、自分の死の意義を国家に結びつけて考えるような、海兵卒のエリートがどれだけ居たというのだろう。徴兵されて大和に乗せられ、大和とともに沈んでいった兵士たちの心境はどうだったのだろうか。殺された人の心境について、いや彼らは進んで殺されたのだと述べて称揚することが、鎮魂につながる態度なのだろうか。

    むしろ吉田満氏が著書「戦艦大和ノ最期」で述べるところの、高齢や病気のため艦を降ろされる兵士に対する艦内からの無言の羨望こそ、彼らの心境を雄弁に物語っているのではないか。

    私が思うに、大和に関する逸話でもっとも美しい台詞とは、沈没寸前の大和艦橋で吉田少尉(当時)が大和とともに沈もうとしたさい、ある高級士官(森下信衛参謀長だそうだが)に叱咤された「馬鹿、若イ者ハ泳ゲ」という台詞だと思う。今の若い者に愛国心が足りないと嘆くご老人は、国の沈没に際して「若イ者ハ泳ゲ」と、つまりは殉死など考えずとことん生き延びろと、言ってやれる気概はあるんだろうか。むしろ逆に、若い者こそ沈む艦に体を縛り付けて一緒に死ねと言いつつ、これで救命艇の自分の席が確保できるぜへへへとほくそ笑むような、現代を嘆く声にはそういう醜い印象がどうしてもぬぐえない。

    救命艇しかり、年金しかり。

    以下は蛇足かも知れないが。

    • 大和の巨大な主砲は、生産力の追いつかない貧乏国の海軍が、より長距離からアウトレンジで攻撃するための秘策だそうだ。テポドンかよ。
    • 機密保持に関しては、茶化すようだが、それほど厳重に機密を守られた大和や武蔵が、どうして日本人の心の支えになり得たのかが私には分からない。戦後の(一部の)日本人にとっては大和もゼロ戦も心の支えかもしれない。しかしゼロ戦は終戦間際まで「海軍新型戦闘機」でしかなかったし、大和は存在自体が最期まで軍機だった。「史上最大の46センチ砲を搭載した大和を作ったんだから日本は強いぜ」とおおっぴらに口にしようものならたちまち特高憲兵にとっつかまってたはずだ。
    • 吉田満氏の「戦艦大和ノ最期」にある記載のうち、左舷に集中攻撃を受けて傾いた艦を立て直すために右舷側の機関室に注水するという記載と、満載の救命艇になおもすがりつく兵の手を日本刀で切り落としたという伝聞の記載について、本書では、実在しない話だと断言している。機関室に注水の件に関しては、大和にはそんな機能はないとのこと、日本刀については、救命艇に日本刀を持って行くことはないとのことから、あるはずがないことなのだそうだ。私もこの2点は、本当にあったことだとしたらあまりに辛い話なので、なかったことであって欲しいとは思う。無人の区画に注水するという命令を勘違いしたとか、「日本刀があれば切り落としていた」という仮定の話に尾ひれが付いて実際の話に化けてしまったとか、そういう話であればよいと思う。しかし、「あるはずがないからあったはずがない」という論理の型は、臨床ではまれならずひっくり返される。信じたいこととを信じるという態度は、少なくとも本書では、序文で宣言された態度には矛盾する。
    • そのいっぽうで、本書では米国は世論として日本人を全滅させるとの意思を強く持っており、大和沈没後に漂流している日本兵に対して執拗に機銃掃射を加えたと主張している。なんだか沖縄県民を集団自決に追い込んだ論理が21世紀になっても生き延びているようで、意外な主張だと思った。防大卒(1期だそうだ)で自衛隊でもそこそこ出世した著者が、米国の日本人に対するホロコーストの意図を示唆しているのだ。けっこう重大な主張だと思う。もうちょっと慎重にしたほうがよろしいのではないか。
    • この点について、吉田氏は漂流中、不思議な米軍機が1機上空を旋回しており、この機が邪魔で機銃掃射が控えられたと証言しているのだが、本書ではこの証言に対する言及がない。なんだか都合の良いところばかりつまみ食いしている印象を受ける。

    ちなみに冒頭のクイズの答えは「虫垂」ですよ。

  • 新年会

    先週末には大学の新生児の勉強会と、地元の医師会の新年会に、続けて出た。むろん大学にしてみれば地元の医師会の催しなどはなから眼中にない。私自身、昨年までは医師会の新年会など平気で無視していたのだが、さすがに対外的なことも考えなければならない立場になった。おかげで勉強会には一人だけ背広にネクタイだった。

    医師会の新年会は初めて出たのだが、最初の乾杯がビールではなくてシャンペンだというのが象徴的だった。私世代はまだ小僧扱いである。年配の人が多いのだが、そのぶん皆さん年相応に食欲が上品なようで、その中で一人がつがつするのも憚られた。主だった先生方に現部長から紹介してもらって挨拶して、早々に引き上げてきた。唯物論的にはシャンパン1杯、蕎麦1椀、寿司3個で1万円。参加費は病院からおりるらしいが、これが自腹だと辛いな。

    なかにロードバイク乗りの先生があって、自転車の話をした。乗れば乗るほどに確実に強くなるからとアドバイスを受けた。自転車乗りの先達と話をするのは初めてで楽しかった。気持ちの上では黒字な会合だった。

  • 大阪の道も走りにくいと思う

    東京は拡大された田舎なので論外だ。東京の道はまるで未熟児網膜症の悪性血管だ。いやむしろ悪性腫瘍の血管とでも言うべきか。ガンは診ないのでよく分からないが。ほんらいのキャパシティを超えてぎちぎちに拡張された道が、ぐちゃぐちゃにもつれ合って絡まっている。

    年始早々に搬送に行った大阪の道もたいがいだと思った。どちらへ向かっているのかまるで分からない。なぜか土地勘が狂わされ、妙にぐるぐると回らされる。カーナビが悪いのか、それとももともと外来者が迷って大阪城にたどり着けなくなるように計画された道なのか。

    京都に帰り着くたび、この町はもともと都として作られた町なのだなと思う。

  • 年始

    年末年始は大雪だった。本日もまた雪だった。なにか私が当直をすると雪が積もるようだ。

    この年末年始の小児救急は平穏だった。たまたま雪に降り込められたときに泊まっていたからそう感じるだけなのだろうか。けっきょく3診も立てたのは1日だけで、他の日は2診も要らないことが多かった。待合がぎゅう詰めになることもなかった。

    お出でになる子どもさんも、まあこのくらいなら来るわなという重症度で、いわゆるコンビニ受診はほとんど無かったように思う。といって極端な重症もなく、総じて「ほど良さ」感のある年末年始だった。

    NICUは多少ばたばたした。暇だ暇だと閑古鳥を相手に過ごした昨年ではあったが、年末からぼちぼちと入院者が多くなった。大学がいっぱいなときに限って手術の必要な赤ちゃんがたてつづき、年末からつづいて2回大阪まで搬送に出さざるを得なかった。

    本年のテーマはうちと大学のNICU病床の最適な活用だと思った。大学のNICUが大学でしか診ることのできないような特殊な赤ちゃんで埋まっていたのなら、大阪までの搬送も仕方ないと思う。京都大阪間の距離など他府県では県内だろう。しかしシンプルな低出生体重児とかで大学が埋まっていたとしたら、京都の新生児科は総体的に間抜けだなというお叱りを頂くことになるかもしれない。

    京都の新生児に最後まで空床を提供するのが我々のNICUの役割だと考えて、これまで運営してきたのだが、それに加えて、大血管転位やら横隔膜ヘルニアやらの赤ちゃんのために大学の空床を常に確保しておくのも、我々の役割ということになるのかなと思った。

  • パズルとミステリー 緊張とパニック

    パズルというのはデータが足りずに問題が解決できないこと。オサマ・ビンラディンの居場所とか。ミステリーというのはデータが溢れかえっていて問題が解決できないこと。エンロンの崩壊とか。公開された財務関係の資料を読めば、この企業の業績なんてまるでスカだということは分かったはずなのに、その公開されていた資料というのがあまりにも膨大で、内部で責任ある地位にいた人間すらほとんど理解できていなかったとのこと。

    パズルである問題を解決するためには資料の収集が重要であるが、ミステリーを解決するにはその方針ではよろしくないんだそうだ。それはまあ臨床でもそうだよなと思う。脈絡無く検査出しまくるのは臨床でも愚かな行為だ。ましてその結論が「時間をおいてこの検査を再度行わなければならない」というのではなおさら。

    緊張のあまり失敗するときには、熟練していて無意識にできることまでいちいち初心者のように意識に上らせてしまっている。パニックになっているときには些細な問題の一点に注意が集中してしまっていて、ほんとうなら意識するべきさまざまな問題に意識が回っていない。

    なるほど。

    そのほかもろもろ、重要な考察が随所にあり、賢い本だと思う。原書は1冊だったのかな。勝間先生が翻訳して3分冊で売り出した邦訳を図書館に予約しておいたら、2冊目が先に来たので読んだ。文庫化されたら買うかな。厚めの文庫本1冊に納まるんじゃないかと思うし。

  • 年末の大雪

    本日から明日にかけて、京都では雪が降り続くとの予報である。じっさい医局の窓から見える景色は一面の雪景色である。眺めているだけなら風情があっていいが、この中を新生児搬送に呼ばれたら苦労するだろう。眺めの良い土地というのは遊ぶにはよいが住むには向かないことが多い。

    ひっそりと一年をふりかえっているわけだが、じつにいろいろなものが壊れた一年だった。テレビも壊れた。風呂のガス給湯器も壊れた。あまり暑くて数年来使っていなかったエアコンを動かしてみたらこれも壊れていたことが判明した。息子のベッドも壊れた。浴室の排水路も詰まって溢れていた。そのほか諸々。大学NICUに研修に行って鼻っ柱を折られたなどという抽象的なものもある。

    こうして書き並べてみるとつくづく大変な一年だったと思う。この不景気にこのようなトラブル続きのなかで、なんとか経済的には困窮することなく切り抜けられたのは幸せだった。それになにより、家族や周囲の人々の健康が損なわれなかったことが良かった。実のところは全く無傷というわけでもなく色々奔走したこともあったのだが、一段落してみると一病息災の範囲にぎりぎり納まった。ありがたいことだと思う。不運だったという感覚はほとんどない。むしろこれだけ色々あったのに平穏な年末を迎えることができて幸運だったと思う。本当にありがたいことである。

  • 星を継ぐもの

    星を継ぐもの (創元SF文庫)

    星を継ぐもの (創元SF文庫)

    読み進むのが惜しいほどの名作。あまりに名作なので熱心に語ると冷笑されがちなのはベートーベンの交響曲第5番と同じ。でもどんなに笑われても「運命」は寸分の隙もなく構築された名作だし、「星を継ぐもの」もまた、「運命」よりは荒削りだけれども、やはり、よいものはよい。

    エアカーの機首に格納されたDECミニコンピュータはポートランド地域交通管制センターの地下のどこかに設置されているIBMの大型コンピュータを呼び出し、・・・

    という下りを呼んで、古典だなと思った。DECのミニコン、ねえ。

  • 冬休み

    今日は昨日よりも小児科外来が効率よくまわっている。患者さんが昨日よりも多少すくないことにくわえ、、今日の担当医がベテラン揃いであることもあるのだろう。応援の必要もあるかと思って病院に出てきて、来院の多い午前中をいちおう待機してみていたのだが、帰れそうな気配である。正式な自分の担当の日にも平穏であってほしいと思う。

    当地の産科の先生方との席で、講演をさせていただく機会に恵まれた。来年早々なのだが、当院NICUに関して総括とも宣伝ともつかぬプレゼンをさせていただこうと思っている。

    前部長の世代にとって、新生児医療はadventureだった。私にとって新生児医療はbusinessである。着実なもの。成功する責任が重いもの。駅馬車時代の西部ではなく、現代のロサンゼルスで仕事をしているつもり。

  • 若い人がよく働くことについて

    世間的には仕事納めを終えて、本日から年末年始の休暇に入る。世間様が休む間は、まっとうな小児科医は救急医療にいそしむものである。とか言いながら自分は昨日からのNICU当直中に本年の業績統計をまとめていたりするのだが。

    救急外来は例年のように小児でごった返している。電子カルテで見ると小児科に患者さんが殺到している様子なので、応援が必要かと思って外来に出向いてみると、すでに当番の医師+若手2名で小児科外来が3診立っていた。

    こうして忙しいときにさっと加勢に入る若手がいるのは有り難い限りである。最近の若い者はというのが世間の爺婆の常套句だが、最近の若い者はほんとうによく働くと感心する。自分の若い時を思うと忸怩たる思いがする。

    自己弁護をすればだけど、自分の若いときにこんな働き方をしようものならその場の仕事がぜんぶ自分に降りかかってきそうだという懸念があって、危なくて働けなかったような気もする。この若い人たちのやる気に甘えないようにしなければならないと思った。

  • お願いする人される人

    IDATENのプロが答えるそこが知りたかった感染症

    IDATENのプロが答えるそこが知りたかった感染症

    非常勤で応援にきてくださった京大の先生が、外来に忘れて行かれたので、拝借して読了した。*1

    感染症は古来からの問題だけど現在でも重要な分野である。新生児をやってれば特にそうだし、重度心身障害医療に縁があればまたそうだし、この二つを逃げ出して小児科広く浅くになってもなお感染症はついてくる。これはもうお釈迦様の手の上を逃げられない孫悟空みたいなものだ。

    しかし本書を読んで、いろんな意味で「違うな」と思ったのだが、それは感染症科の皆様と、自分ら、まあ場末のNICUの新生児科なんだけど専業では食いかねて小児科一般外来と兼業してます*2という立場との、スタンスの違いによるものだろうか。

    感染症科の皆様の、困った主治医のヘルプコールに応じてさっそうと現れ快刀乱麻を断つがごとくに問題を解決して去っていくスタンス、古くは月光仮面ウルトラマン、近くは「ののちゃん」に呼ばれてやってくるワンマンマン*3のようなスタンス。あるいは感染症の診療がつたない主治医困ったその他おおぜいのヘルプコールがあったりなかったりしてやはりさっそうと現れ快刀乱麻を断つがごとくに問題を解決して去っていったり行かなかったりするスタンス。常駐がそれ以前と比べて状況を改善しているかどうかは世界各地に駐留する米軍にも似て多少複雑な問題である。けっきょくフセインを退治たことはイラクの人々を幸せにしたのだろうか。

    いずれにしても彼らは「お願いされて」現れ「支援する」形で問題に関与するヒーローである。それは本書の、「感染症のプロ」とかカリスマとかが教えるという、タイトルや構成にも現れている。お呼びがかかった先生はアマゾンどっと混むでも感染症関係にずらずらと名前の挙がるカリスマであり、本書には「カリスマ先生、みなさんはどうしてそんなに格好いいんですか?」という趣旨の個人的質問がたくさんついている。

    カリスマ、ってそりゃあエビデンスレベルとして「専門家委員会や権威者の意見」ていうやつだろうよと、君らはそれを推奨するのかい?と、小声でちょっと突っ込んでみたりもする。

    感染症科に注目が集まってるのは、感染症科の診療や研究レベルの高さとはまた別次元で、こういうカリスマ的な格好良さが、若い人や軽薄な人を誘蛾灯みたいに引きつけてるんじゃないかと、まあ狷介な邪推なんだろうけど、思ったりもする。

    新生児科にこういう格好良さはないなあと思う。新生児科は他科にコンサルトを出しこそすれ、出されることはまずない。新生児科の診療は全身管理抜きにはあり得ないので、新生児科が診る患者は全て新生児科が主治医の患者である。紹介された時点で患者の身柄と主たる責任は新生児科に移る。移してもらえなきゃ専門科としては着手すら困難である。自分たちに責任を移してもらって、その後は自分たちからあちこちに「お願いする」のが新生児科の基本スタンスである。

    その点において、新生児科は究極的なプライマリケア医の集団である。集中治療のできるプライマリケア*4。だからプライマリケアの泥臭さは宿命的に抜けることがない。ヒエラルキーとして他科に頭を下げても下げられることはない。

    従って、本書にあるような、他科の医師と合わないときはどうしたらいいんでしょうか、みたいな質問がなされ、最終責任は主治医にとらせればよろしいという答えがなされることは、新生児科には存在し得ない質疑応答だと思う。お願いする側の立場としては、先方にこの子を救う技量があると思えば、先方との相性など二の次である。というか人間性
    の悪い医師には患者も協力者も集まらず経験が積めないから医師として大成することもまず無いんで、人間性に優れた名医を各科そろえてネットワークを作ることは意外に簡単である。こっちの頭を下げて子どもが救えるなら頭なんぞいくらでも下げる。取るに足りない相手にははなから縁を作らない。医者の仲が険悪になるときと言うのは、つまらない理由であることもあるが、多くは相手の診療内容に信頼が置けないってことが最大の理由だから、わざわざそんな相手にものを頼む道理はない。

    新生児科には感染症科の華麗さはない。院内や業界内から感謝されることもあんまりない。もっぱら、この子のためにお願いしますと頭を下げる立場にある。我々に、この子のためにお願いしますと心から頭を下げてくださるのは親御さんだけだとも思う。まあ、それはそれでよいとも思う。

    *1:彼らよりは高いお給料を頂いてるんだから買って読めよというご批判はなしで願います。大学ではオンラインで各種医学雑誌がほぼ無制限に読み放題と知って以来、自分の給料が高いとはあんまり思えなくなってきました。

    *2:そのうち農林水産省から戸別所得補償が来るんじゃないかな

    *3:ライバル新聞社のトップに風貌などがよく似ている

    *4:開業後の成功率は新生児科医はかなり高いんだそうだ。