こういうお産のレスキューを求められたらどうしよう、とか思った

asahi.com : 医師・助産師頼らず自宅出産 朝来の大森さん夫婦 – マイタウン兵庫

何と申し上げたらよいものやら。まずは母児とも無事で何よりとは申し上げよう。そこから出発しないと、なんだか自宅出産がうまくいったのが悔しいみたいな論調になっても嫌だし。

何回立ち会ってもお産は怖い。怖いお産に立ち会うのが仕事なんだから当然かもしれないが、十年以上やってて未だに緊張が抜けない。一つ一つのお産が無事に済むということが、一つ一つ奇跡だとさえ思う。それは私らが立ち会うようなハイリスク分娩が無事に終わったから奇跡だというのではなく、通常のお産すら、奇跡なのだという気がする。この世に生きている人がみな、あの過程を経て生まれてきているのだと思うと、多少、気が遠くなる。

通常の分娩すらひとつひとつ奇跡で、あまり「いいお産」とか言わず謙虚に圧倒されておくのがその正しい味わい方なんじゃないかと、私など思うのだが、価値観はいろいろなんだから分娩に臨む態度もいろいろあっていいんだろうとも思う。

それでも、やっぱり外してはいけない人の道というのもあるだろう。分娩は母子ともに危険にさらされるものだけど、死亡率一つとっても子の方が高い。ハイリスク分娩は相当の割合で事前に予測できるものなんだから、母の意向一つでその予測の機会を子から奪うってのは私には納得できない。母の納得と母の危険を天秤にかけるのは、判断力を備えた成人のやることなんだしということで愚行権の範疇かもしれないが、母の納得と子の危険では天秤に載せられないんじゃないかと思う。

小学生女子のダメ出し

ガレージで自転車の整備をしていたら、自宅前のゆるい坂道をマウンテンバイクの3人組がかなりのスピードで駆け下ってきた。先頭の自転車が道いっぱいに蛇行していた。住宅地の舗装路で何を粋がっているのか、たしょう痛々しかった。

その連中が過ぎ去ったら、横町から4年生くらいの小学生女子が二人出てきた。一人が「何やってるのかしら、あの人たち」と言った。冷静な口調だった。驚きも感心もない、まったく心を動かされていない、残酷なほど純粋な軽蔑。

粉砕されたなと思った。あるいはスピードを出しておいてよかったのかもしれない。聞こえてたらだいぶ傷ついたろう。

マルサスの罠というのは

要するにマルサスの罠というのは

  1. 貧困にも限度がある:人口が増えると一人ずつの分配が減るが、分配があまりに減りすぎると各人が生きていけなくなり、人口増加が限界となる。
  2. 生産性向上にも限度がある:人口が増えると当座は生産力が向上するが、ある限度を超えるとそれ以上人口が増えても生産力は向上しなくなる。
  3. 結果として、生産力が最大限で頭打ちになり、一人分の分配が最小限となる時点まで、人口は増加する。

という理解でよろしいんでしょうか。人口が増えることを前提としてですが。

マルサスの罠

マルサスの罠という概念を初めて読んだ。何とはなく、今の日本の医療もそうだなと思った。

10万年の世界経済史 上

10万年の世界経済史 上

10万年の世界経済史 下

10万年の世界経済史 下

今日も暇

昨日は午後週休の後で当直。へんな日程だが、ときには融通の利かないこともある。

当直はただ泊まっていただけだった。勉強をして読書もして、十分睡眠もとった。わずかな入院中の子たちはみな落ち着いていて、その日のぶんの成長を着実にこなしている。

入院がないかなと心待ちにする気持ちも正直あるが、それは誰かのトラブルを心待ちにすると言うことだから上品な態度ではない。あまり強くは願わないようにしたい。そのうえで、もし需要があればまず当院にお声がかかるといいなとは思う。

ほんらい現状が正しい競争のありかたなのかもしれない。これまでは各施設の空き病床を探して空いてるところに入って頂くという形になっていて、紹介元による選択の余地がなかった。

それは限られたリソースを配給するというあり方であって、選択権が配給側にあった。供給側が十分なリソースを提供できていて選択権は受給側にあるという、一般的なサービス業のあり方ではなかった。そもそも配給と供給は違う。その違いゆえに一般的には医療はサービス業たり得ないのだが。

この状況がいつまで続くか分からない。たぶん無期限には続かない。人件費に始まる経済的な費用は日々刻々と必要だし、また診療経験を積み重ねることでしか身につかないスキルもまた、これまでの蓄積が暇な日々のうちに取り崩されていく。経営を考えればどこかで規模の縮小を上層部から打診されることだろうし、医師も看護師もとくに若手は症例の豊富な施設に出してやらないと今後のキャリアにも響くだろう。

どの時点で縮小に転じるべきか、その趨勢を見極めるのにはまだ時間がほしい。いったんNICUを閉じてしまったら、その時点で伝統は雲散霧消する。こういう組織的な仕事には休眠はあり得ない。はっきりとそれは死であって、また必要が生じたからよみがえってくれとと言われてもそうそう簡単なお話ではない。

まあ、不安を感じるのは現状では私ら当事者だけでよいです。当地の皆様には、いま京都では超低出生体重児の入院先も豊富に供給されているんだなと、安堵しておいて頂ければよいと思います。

NICUが閑散としている

昼間からブログの更新なんてしていて、まあそれは今日の午後は週休だからってこともあるけど、読者諸賢にはご賢察の通り、たいへんに暇である。

入院が長期になる極低出生体重児が入院しない。切迫早産で母体搬送で来られる方々もことごとく産科管理が奏功して危機を切り抜けてゆかれる。ときに正期産児の新生児搬送依頼もあるが、正期産児はそれほど入院が長くならない。さっさと元気になって退院してゆく。

それは大変にめでたいことなんだろうと思う。反語や皮肉抜きで。もとよりトラブルシューティングを生業としているものにとって、トラブルが未然に防がれているのは理想的状態だし、それで自分らの仕事が無くなっていったとしても、それはそれとして淡々と受け止める話なんだろうと思う。

京都のNICUの空床状況を見ても、どの施設もいつになく多くの空床数を提示している。どこも閑散としているのだろうと思う。むろんどこもかしこも空床0のときに自分のところだけ空床1と提示するのと、どこもかしこも空床1とか2とかのときに自分のところも空床1というのとでは、必要とする度胸の程度が違うだろうとは思うけれど。私らの施設が空床3でコメント欄に「超未熟児歓迎」云々と入れているのだから、他の施設にはそうそう手に余る赤ちゃんをお願いすることはないはずだし。

少子化は進んでいるがそう簡単にNICUが余るわけがなし、とは思うのだけれど、あるいは奈良や滋賀でもNICUの整備が進んで京都へ越境してくる搬送が少なくなっているのかもしれず、あるいは妊婦健診の公費負担の回数が増えたためかもしれず、なにさま現在のところは新生児以外の一般小児科の仕事をしながら、忙しいときには読めない文献など読みながら、状況の推移を見守っている。

もちろんみんな元気にトラブルなく分娩にいたり、NICUなんぞとは縁無く育ってゆかれるのが最善ではあるのだ。私らが他に職を探さなければならなくなっても、世の中全体としては良いことなんだと思う。

オホーツク街道

オホーツク街道 (街道をゆく)

オホーツク街道 (街道をゆく)

この人の書くものはどれもこれもどうしてこんなに面白いんだろうと思う。そんなに凝った文体や表現でもないし、題材もなんとはなく見聞きしたことを淡々と書かれているだけのように思えるのだが。

こういう、筆力がすごくて強制的な説得力をもつレベルに至った人は、多少の創作をまじえても読者はそのまま信じ込んでしまうと思うので危険だ。その最たるものが坂本龍馬だと思うけど。

本書で語られるのは北海道のオホーツク海沿岸の歴史である。とくにアイヌ以前、樺太から南下してきて宗谷から知床にかけてのオホーツク海沿岸に住み、主に漁労など採取生活をしていたウィルタ(オロッコ)の歴史が本書の中心となる。彼らが残した多くの遺跡について、それを発掘してきた人間的魅力にあふれる研究者達について。また大事なこととして、幕末から戦後にかけて日本とロシアの間で翻弄されたウィルタの現代史について。

彼らの文化と続縄文文化が融合してアイヌの文化が形成されたとのこと。その時期は意外に新しく鎌倉時代あたりだとのことだった。アイヌの歴史は意外に新しいと本書では何回か語られるのだが、それはアイヌを軽視しようとして反復強調したのではなく、たんにもともと週刊誌の連載記事だったからというだけだろう。それはともかく、鎌倉時代というと12世紀から13世紀あたり、中世の温暖期がだんだん終わる頃だよなと思って興味深く読んだ。オホーツク海沿岸でのウィルタの文化の衰退と、たとえばグリーンランドのバイキング植民地の衰退とはほぼ同時期である。

日本が破産しなくとも

日本は破産しない!?騙されるな!「国債暴落で国家破産!」はトンデモ話だ!

日本は破産しない!?騙されるな!「国債暴落で国家破産!」はトンデモ話だ!

日本は変動相場制なんで、好きなだけお金を印刷すればいいんだから破産はしないのだそうだ。

何とはなく、それはやってはいけないことのような気がする。素人なんで根拠は示せない。何とはなく、だ。禁じ手の臭いがする。触っただけでこっちに悪臭が移りそうな、実も蓋もないほどに下品な考え方のような気がする。

あえて根拠を言うなら、お金ってそんな無根拠なものなのか?という疑問がある。そりゃあ金本位制でもなし固定相場でもなしと、言われりゃたしかにそうかもしれない。けれども、やっちゃいけないって誰も言わないからやっていいんだというのは、ときには因習を打破する考え方になるかもしれないが、多くは、お天道様の元では人としてそれはまずいだろうという、あえて言及するまでもないほどの下策であることが多いんじゃないかと思う。

さらに言うなら、誰かの負債は誰かの資産だそうで、900億円国が借りてるってことはそれは誰か(大半が国内に居られるのでなお安心だとのこと)の900億円の資産になってるんだそうだが、国や日本銀行の操作でその借金を始末できるってことは、だ、国や日本銀行がその気になればその誰かさんの資産をチャラにすることも可能だってことなんだよな。好きなだけお金を刷るったって、それで何らかの価値が無から生じてるわけでなし、価値を生まない操作で借金が減るってことは、その借金を資産として抱えている立場からすれば、なんらの価値あるものを代替として受け取らないままに資産が溶け落ちていくっていうことじゃないだろうか。

国や日本銀行がそこまでえげつないことをするかどうかだが、本書の著者は邪悪だ無能だ浅はかだとさんざん国(あるいは官僚)や日本銀行の悪口を言っていても、さすがにそこまではやらんだろうとの基本的な信頼感をお持ちらしい。なんかこう認識が甘くてあっさりしすぎなんじゃないかと思う。「彼ら」が著者が言うほど手前勝手で道徳観を欠いてたら、やるでしょ。それくらい。そもそもルールは彼らの手にあるわけだし。

まあ専門外ではあるが私ごときの知識でも、お上がなりふり構わず自分の借金を始末した結果として下々が泣かされたことが歴史上すくなくとも2回あるはずと記憶しているのだが。

その1度目は幕末から明治にかけて、各藩が藩内だけで通じる不換紙幣である「藩札」を大量に発行していたが、維新後にそれは紙くず同然となった。出稼ぎやなんかで苦労して蓄えた一生の貯金がさらっと紙くずになったという記載が「日本残酷物語」にもあった。

あるいは各藩は大阪(当時は大坂)の豪商に借金していたが、維新に伴ってことごとく踏み倒した。そのために大坂の豪商の10件中9件まで潰れたんじゃなかったかな。今で言えばメガバンク一連も生保もみんなさらっとなぎ倒されるってことだな。

2回目は米国との戦争で大量に発行した国債を、戦後のインフレでちゃらにしたもの。預金封鎖とか新円切り換えとかいろいろあったけど、とりあえず、戦費に使った国債の借金がどこかへ消えた。誰かの借金は誰かの資産だそうだから、そこで資産が消えた人がだいぶんあったんじゃないかな。

それらはみな結果的にそうなっただけであって、意図的にそのような操作がなされたわけではないのかもしれない。しかし意図的にであれ結果的にであれ、国家というものはその気になれば国民を犠牲にしてでも生き延びることは可能なのだということは、どこかで記憶しておいた方がよい。国家は破産しない。だから何?その犠牲になって自分らが破産してもよいと?愛国心が強いのは結構なことだと感心はするけれど。

昔の貧困は桁が違う

日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ (平凡社ライブラリー)

日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ (平凡社ライブラリー)

5巻まで読了した。

昔の貧困は桁が違うなと思った。貧乏も度が過ぎるとここまでくるのかと、自分の想像力の貧困さをむしろ思い知らされる気がした。

もともと1960年ころ書かれた書物なので、いまから50年前のものだ。その時代ならではの限界もある。自身が批判しているはずの差別意識を無意識に引きずっているような記載も随所に見られる。たいがいそういう箇所は面白くなくて、淡々と取材した事実を述べてある箇所のほうが興味深く読めたのだが、だいたいその筆致は宮本常一のそれだったように思う。

1960年当時にはまだこの貧しさが国民の多くに記憶されていたのだろうと思う。であればこそ貧乏人は麦を食えと言った云々で首相が退陣に追い込まれたり、ちょっと後になって出てきた田中角栄日本列島改造論など唱えてみるみる人気を伸ばしたりしたんだろうと思う。それは平等意識が根付いたとか経済成長がいよいよ国民に自信を与えたとかいった前向きな意識から出たことではなく、まだ記憶に生々しい貧しい生活だけはこりごりだという、怨念のようなものなんだろうと思う。

せっかく積み立てられてきた年金の基金を田中の時代に賦課方式に変更して後先を考えない大盤振る舞いを始めたときも、当時の人はとりあえずその日を生きるという発想から抜け出せなかったんだろうと思う。後に残す財産なんて、当時の大多数の人の発想にはなかったんだろうし、先祖代々の借金なんて当たり前のことだったのだろうし。子孫なんて子孫自身で何とかしろよということだったのだろう。ましてようやく遠のき始めた貧困がまたぶり返してきて賦課方式の年金が行き詰まる時代が来るなんて、考えるだに恐ろしいかったのだろう。いや、たぶん全くそういうことは考えなかった。精神分析で言うところの「抑圧」というやつだ。

そういう、今とは違う昔ならではの事情もあるということは、記憶しておいた方がよいような気がした。