天気が良くなったので町じゅうをロードバイクが走っている。昨日の交差点で今日はGIANTのまだぴかぴかのロードを見た。フラットペダルで、フレームにはでっかいサイドスタンドがついていた。たぶんアルミ。カーボンフレームにあんなスタンドつけたら割れるんじゃないかな。乗り手もあんまり乗り慣れていないふうだった。

昨日というか今日未明は自院での新生児搬送に呼び出し。当直が迎え搬送へ行くあいだの留守番。赤ちゃんが到着後ももっぱら電子カルテをいじっていた。私が研修で自院を離れている間にいろいろと運用規則が定まったものだから、追いついておかなければならない。実習がいちばん手っ取り早い。そういう意味ではありがたい呼び出しだった。

クロモリフレームにキシリウムエリート

大学までの信号待ちで、コンビニの前に止められていたロードに見とれてしまった。フレームはクロモリで、ホイールにマヴィックのキシリウムエリート、タイヤはコンチネンタルのものだろう(GRAND PRIX 4000S?)。足回りのほんとうにお金をかけるべきところにきちんとかけてある自転車だと思った。見慣れている人には見慣れた車輪なんだろうけれども、不勉強なことで私は実物をあんまりみたことがなかったもので。

持ち主の人だろうサイクルジャージ姿の男性が怪訝そうな表情でやってこられたので、信号が変わったのを幸い走り去ってしまったのだが、せっかくの休憩をお邪魔してしまって申し訳なかった。お詫びついでに乗り心地やなんか聞いてみればよかったとも思う。でも聞いたら我慢できずに購入に走ってしまうかもしれないし。今はお金が無いので危うきには近寄らないことにする。

当直あけ、来月からのシフト組み

当直が明け、土曜午前の外来も済ませた。これから大学へ出向く。

来月からは自院でのfull timeの勤務に戻る。来月分のシフトをそろそろ組みはじめる。8月は主立った学会はないが、いくつかセミナーが開催される。また夏期休暇をとる先生もあるだろう。研修で浮き足立った頭をもとにもどすには、手頃な作業である。

喉頭展開

新生児に気管内挿管するときは、左手の小指球から小指・環指のアーチをつかって新生児の下顎を固定し、拇指・食指・中指で喉頭鏡を持って喉頭展開する。いわば、左手を中指と環指のあいだで縦に割って、各々をひとつの単位として、連動して用いることになる。

それはたとえば、ナイフで鉛筆を削る感覚に似ている。左手に鉛筆を固定し、右手に持ったナイフを鉛筆に当てて、左手の拇指で押す。左手は二つの物体をコントロールすることになる。この場合、右手は添えているだけ。気管内挿管なら、右手に持った気管カニューレを差し込んでいくのだが。

大学で、若い医師が挿管にいちど失敗した。展開してカニューレを差し込んだのだが、進まないと言う。しかしそこで1サイズ細い径で挿管された日には、あとあと呼吸管理の困難さに泣かされる羽目になる。そこでまず私が喉頭展開して、展開したまま彼女に場所をゆずり、カニューレを差し込ませるところだけやらせてみた。幸い、するっと入った。赤ちゃんも息をふきかえした。まずはよかった。

たぶん彼女も声帯は見えてたんだろうと思う。カニューレが入らなかったのは、喉頭鏡の角度がいまひとつで、気管が屈曲していたんじゃないか。と、後になってこの記事を書きつつ反芻して分析している。ついつい頸部を過伸展しがちなんだけど、新生児の挿管では成人よりもはるかにシビアにsniffing positionにこだわらなければならないってことだ。その場でクリアにそう説明してやれれば、若手のためにもなったのだろうが、情けないことにそういう急場では手は動くけど口がなかなかついていかない。だいいち、今はこうして平然と記事を書いてるけど、そのときは内心かなり動転していたし。

自立するために必要なこと

特別支援学校の面談で、自立した生活をするために習得しなければならないことは何かと聞かれて、息子は「猫の世話」と答えたとのこと。飼う気なのだろうか。

まあ、誰にも咎められず猫が飼える生活が実現できたら、親としても本望かもしれない。

大学で見てきたもの

結局、大学へ行っていちばんよく見えたものは、自分の医者としての現状であり、自院NICUの姿であり。

自転車で行き来できる距離に二つも三つもNICUを設置しても無駄だろうと研修前には思っていたものだが、研修で実際に大学NICUをみてみると、まあ各々に各々の役割があるんだなということが腑に落ちた。うちはうち、大学は大学。まとめればマンパワーも集約できてよろしかろうが、あえてそれを二つにわけて近距離に性格の違うNICUを二つ置くというのも、それはそれで利点があるのかもしれないと思った。

うちがあればこそ、大学は胸を張って「そんなありふれた病気は大学で診る病気じゃない」と言えるわけだし、我々も大学があるから、評価の定まらない先端医療に手を出さないで済む。どっちもこなせるような規模の大きいNICUがあれば、この両者が近距離に並立する現状よりもよい医療が提供できるかというと、今の自分の感想としては、できるかも知れないけれど、実現のためにはよほど意識して、病棟全体が先端医療の慌ただしい雰囲気に巻き込まれないようにしないといけない。

うちの周産期部門を切り離して大学に併合するような大がかりなリストラなんてまず無理なんだから、当面は並立で行くのが最善だ。並立で行くからには、並立していたからこそこんな善いことがありました、みたいなことが幾ばくかでも言えないと世間様に胸を張れないようにも思う。

大雨

朝から大学NICUへ行き、午後遅くから自院に帰って重症児の往診へ。往診の帰りがけにひどく降られた。こういうときは自動車で行けたらいいなと思う。法的にはタクシーで往復して患家に請求することも可能なはずなのだが、近距離だしなんとはなく歩いて往診してもう1年になる。たいていの場合において、そうそう天気は悪くないので、歩くのがいちばん快適ではある。自転車で行けたら最高なんだけど重めの呼吸理学療法機(スマートベストってやつ)を持参していくので手持ちの自転車では無理。自転車の後ろに乳母車みたいなトレーラーをつけて幼児を乗せて走っている人をみたことがあるけど、あれなら行けるだろうか。

病棟に復帰

午前中は自院で小児科一般外来。昼で切り上げて、さて大学へ行くかと思っていたら、自院NICUの若手からお呼びがかかった。NICUの赤ちゃんがひとり予想外に悪化しているとのこと。電話を聞いてみたら、自分が何をするべきかは彼自身も分かっているように感じられた。背中を押してやるだけだなと思った。

NICUに行ってみたら、若手ら3人があれこれと話し合って、仕事を分担して、この子の処置を着々と進めていた。私はうしろでそれを眺めながら、うちのNICUも世代が変わりつつあるなと思った。嬉しいことだ。

ラスト1チャンスの血管確保をする段になって、若手が躊躇していたので代わった。自信がないとかで躊躇すると、針先のスピードが鈍る。のろい針からは血管が逃げる。覚悟の決まらない血管確保は成功率有意に低い。

しかし若手の成長のためを考えると、こういうときに代わるべきなんだろうかとは、いつも思う。血管確保は基本的な処置だが、基本の常で奥の深さは限りない。駆け出し指導者としての私には、自分がやるならともかく、後進がやるときの成功率を読むのはかなり難しい。処置はやらなきゃ上達しないが、できそうにもない難易度に手を出したところで自信をなくすばかりで身にはつかない。なにより処置は成功してこそ痛い目を見る赤ちゃんに申し訳が立つんだけど、痛かった失敗したではどうにもよろしくない。できるできないの境界の、できる側にわずかに寄ったあたりの難易度を各人に見切ってやらせていくのがいいんだろうけれども、そんな達人の領域には私はあと20年ほどは到達できそうにない。

20年前、日本SFがラノベに圧倒される前兆

訃報の記事に一緒に書くのは憚られて項を変えるが、大学以降だったと思う、「『星を継ぐもの』を読んでハードSFに目覚めた、なんて中学生並みで微笑ましいよね」みたいな論評を読んだ。そうか『星を継ぐもの』を読んで感動していた俺はダメなのかと思った。

今ならさらっとスルーできるんだろうけれども。

あるいは、せいぜい由緒正しいはあどSF読んで引き篭もってやがれとか、悪態をつくんだろうけれども。

なにさま、当時SFファンのコアだと自認していたような人らが、そんな、平家にあらずんば人にあらずみたいな思い上がったことを言ってたから、中学生並みですがそれが何か?という私を含め多くの読者をラノベの方へ逃がしたんじゃないかと思うのだが。